第3話 どうしてそんなに
勇者の洞窟へは、王国を出て北へ向かい、三時間ほどで到着した。もちろん、街の外ということもあり、魔物が現れる。
マリナは、兄エルフィンを失ってからほとんど外出していなかったらしく、戦闘になると常に身を潜めていた。それはもう、フィオラ以上に怖がっていた。
一方、フェルミはというと、魔物相手にもまったく容赦がなかった。フィオラと同じく、魔物に拒否反応があるのかと思いきや、
「魔物? 何を言っているの、ウィルくん。この子たちは素材よぉ」
と、のんびりした口調で即答してきた。
フィオラは魔物を倒した後に素材として扱っていたが、フェルミの場合は、生きていようが素材、死んでいようが素材、という感覚らしい。
嬉々として杖で叩きのめし、魔道具で爆破している様子は、正直、魔物よりも怖かった。
今も、倒した魔物を素材として収集しながら、楽しそうに笑っている。
「……フェルミのこんな姿、初めて見ました。魔物より怖いかもしれません」
「同感です」
岩陰に隠れながらマリナが呟く。俺も同意すると、彼女はすぐさま岩に顔を引っ込めた。
……はぁ。
ここまで来ても、まともに会話ができない。どうしたものかとため息をつき、頭の後ろをさする。
フェルミによれば、マリナは俺を嫌っているわけではないらしい。だが、目が合うだけで緊張されてしまうようで隠れてしまう。
魔物との戦い中、遠くから「ウィル様、頑張ってください!」と応援してくれてはいるが、振り返った時にはもう姿が見えない。
このまま依頼を終えるまで、ろくに会話もできないのだろうか。そんな風に考えていると、素材集めを終えたフェルミが腰を上げた。
「それにしても、フィオラちゃんの言う通り、ウィルくんは強いわねぇ。古代魔法も使えるみたいだし、いっそのこと王国の騎士になればいいのに! あぁ、でも、そうしちゃうとフィオラちゃんが……」
よくわからないことを、またのんびりと言っている。
——王国の騎士か……
そんな選択肢もあるのだろうが、堅苦しいのは苦手だ。俺は、自由な冒険者として生きる方が性に合っている。
フェルミの作業が終わったので、俺たちは再び洞窟の奥へと進み始めた。マリナは相変わらずフェルミの腰に張り付くようにして移動している。
俺は先頭を歩きながら、道を切り開いていく。
洞窟の中は当然暗い。だが、フェルミが即席で作ったランタン型の魔道具が、俺たちの周囲をふわりと照らしている。
古代魔法もすごいが、こういう魔道具のほうが俺には優れているように思う。薬を作り、扉を作り、船まで作ることができる。
この世界の魔法使いの技術はすごい。
天井から水滴がピチョンと落ちた、その瞬間。
「きゃあっ!」
悲鳴を上げたマリナが、抱きついていたフェルミごと地面に倒れ込んだ。
「いたーい。もぅ、マリナちゃん……」
フェルミはため息をつきながら、ふと楽しそうに笑った。
「ねぇ、私も疲れてきちゃったから、そろそろウィルくんに抱きついてくれないかしらぁ?」
とんでもないことを提案するフェルミ。
マリナも全力で首を横に振っている。
正直、疑問に思っていたが、フェルミがマリナをちゃん付けで呼び、かなり砕けた口調なのは、よほど親しい関係だからなのだろうか。
マリナも特に気にしていないようだし、今さら突っ込むのも野暮か。
「ダメです! 絶対にダメです! そんなことしたら私が——」
「ウィルくーん、そういうわけだからお願いねぇ」
フェルミに押され、マリナは俺の目の前まで突き飛ばされてきた。顔を真っ赤にして、今にも煙が出そうな様子だ。
強引なのはあまり好きではないが、フェルミも疲れているのは事実だろう。俺はそっとマリナに手を差し伸べた。
「……フェルミさんも疲れてるみたいだし、俺のそばにいてください。全力で姫様をお守りします」
マリナは唸るような声を漏らし、足をモジモジと動かしていた。心の中で何かと戦っているのだろう。
やがて、意を決した様子で、マリナは手を取る代わりに、俺に抱きついてきた。
「どうして……どうして、ウィル様はお兄様にそんなに似ているんですか! ……お兄様、どうして私なんかを庇って死んでしまったんですか!」
泣き崩れるマリナ。
俺は、そっと頭に手を置くしかできなかった。
★
しばらくして、泣き疲れたマリナも落ち着いた。
俺たちは洞窟内の開けた空間に腰を下ろし、休憩している。
驚いたことに、魔法使いは素材があれば食事まで作れるらしい。フェルミが魔物素材を使って調理した料理が、次々と並べられていく。
蛇の肉は湯気を立て、ジュージューと美味しそうな音を立てる。その香りに、口の中が涎で満たされていく。
さらにフェルミは、王室にある倉庫と繋がった鞄からアイテムを取り出し、飲み物まで用意してくれた。さすが、王室魔法使いだ。
「褒めても何も出ないわよぉ」
と言いながら、次々と料理を並べていくフェルミ。まるで小さな宴会場のようになっていた。とはいえ、動き続けて腹は減っている。
ありがたく、食事に手を伸ばす。
「いただきます」
口に運んだ蛇の肉は脂がたっぷり乗っていて、噛むたびにとろけるような食感だった。思わず顔が綻んでしまう。
「本当に、美味しいです!」
隣ではマリナも、恐る恐るながら肉を食べ、頬を押さえて喜んでいる。
「ウィル様、美味しいですね」
「ああ、そうだな!」
さっきまでまともに会話もできなかったマリナが、自然と話しかけてくれるようになった。それだけで、胸がじんわりと温かくなる。
それどころか、今では大きな岩の上に並んで座っている。整った顔立ちのマリナに至近距離で見つめられると、さすがにドキドキする。
マリナに頼まれて、王女相手でもかしこまった言葉を使わないようにした。フェルミも砕けた口調だし、きっと許されたのだろう。
ふと、マリナが胸元からペンダントを取り出した。ロケットを開くと、中には短髪の穏やかな青年——エルフィンの姿が写っていた。
「ウィル様の声や仕草、そのすべてがエルお兄様と重なってしまうのです……」
そう言って、マリナはペンダントをぎゅっと握りしめた。
「優しいお兄さんだったんだな」
「はい。どんな時も、私を守ってくれました……」
懐かしむように語るマリナの目に、また涙が浮かぶ。
「改めて、お礼を言わせてください。エルお兄様の仇を討ってくれて、ありがとうございました」
そう言われると、こそばゆくなって、思わず頬を掻いてしまう。
「ただ、グリッドの行方はわからないのよねぇ」
フェルミが呟く。
グリッド。
マリナの兄を死なせ、ゲベリオンを復活を目論んだ張本人。
「……グリッドとかいう男、どんな顔してるんだ? 特徴がわかれば探す手伝いくらいならできるかもしれない」
俺が言うと、フェルミが唇に指を当てて答える。
「白髪混じりで分厚い眼鏡をかけた陰気な人ねぇ。紫のローブをいつも着てたわ。年齢は——多分四十歳くらいかしら」
「よ、四十歳……」
もっと若い奴だと思ってた。フェルミが「くん付け」で呼んでいるせいで、完全に騙された気分だ。
きょとんと首を傾げるフェルミに、俺は思わず苦笑した。
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