第7話 ゲベリオンの復活

 門の奥は、円型の大きな空間が広がっていた。足元に不気味に淡く紫の輝きを放つ六芒星。そして、その中央には気味の悪く、眼球を動かす手のひら台の目玉のようなものと、その前に黒いローブを被った奴がいる。


 山では微かにしか感じなかったが、禍々しい気配は、六芒星の中央に浮かんでいる目玉から感じ取れる。


 あれは一体なんだ。


 門を吹き飛ばしたことで、俺が入ってきたことが黒いローブの人間に知れ渡り、驚きの表情を見せている。


「侵入者……片付けきれなかったのか!?」


 この声は、山で出会った男だ。この男がルーエンを悲しませた諸悪の根源。緑のローブの連中が言っていた、ヒュリテという男なのだろう。ルーエンを悲しませたこと、これだけは絶対に許さない。


 ヒュリテはローブのポケットから水色の球を取り出し、俺に向かって投げつけてきた。おそらく何かの魔道具だろう。


 喰らってやるつもりもないので、剣で薙ぎ払いあらぬところで爆発したとことを見るに爆弾のようなものだったのだろう。


 驚愕といった様相のヒュリテに剣の切先を向ける。


「……お前がどんなやつで何をしているかはどうでもいい。とりあえず、ルーエンから奪った短剣を返してもらおうか」


 辺りの調度品が俺の電撃で壊れていく。そんなことを気にせずに、手を差し出し、俺は一歩一歩とヒュリテに歩み寄る。


 ヒュリテが何か言ったのだが、調度品が壊れる音でうまく聞き取れない。


 歩みを進めていくと、六芒星の中に足を踏みこむことになった。六芒星の中心に浮かぶ目玉と目があったように感じた。何か値踏みされているように感じるが、気にせずヒュリテの元へと歩みを進める。


『……ヒュリテ、よくやった!』


 不意に、どこからか聞こえてきた。歓喜に満ちた様子の不気味な声。この場には俺とヒュリテしかいない。だが、どのものとも違う声色。


 もしかして、と六芒星の中央に浮かぶ目玉を見ると、目を細めているように感じる。今声を出したのはこの目玉ということか。


 ヒュリテは、目玉に向けて頷くと俺に目を向けた。驚愕と言った先ほどまでの様相は消え失せている。代わりに歓喜に満ちたと言った表情を浮かべている。


「ハッハッハッ、ようやくこの状況を実現することができた! 数十日前、ブレンネン山で凄まじい魔力を感じてから、お前をここにつれてくることだけを考えていたぞ、古代魔法の使い手! さぁ、その魔力をゲベリオン様の復活にいただかせてもらおう!」

「な、に……!?」


 ヒュリテの叫びと同時に、足元の魔法陣が禍々しく紫色に輝き出した。慌てて六芒星から出ようとするが、結界が張られているようで出ることができない。


「あのガキが持っていた短剣など、すでにゲベリオン様の腹の中だ。残念だったな!」


 笑い声を上げるヒュリテに今すぐにでも殴りかかりたいが、魔力を奪われているためかあまり力が出せない。ひとまずここから出ないといけない。結界を拳で思い切り殴ると、少しヒビが入っていく。何度も殴っていると、結界を破ることができた。


「なっ!? お前は化け物か!?」


 『嵐雷』の魔法で急いで六芒星から出て、呼吸を整えながら片膝をついて様子を見守る。魔力を少し奪われたが、まだまだ戦える。


 結界を破ったことにヒュリテは驚いた様子だったが、目玉の様子を見てすぐに恍惚といった表情に戻った。どうやら、俺の魔力を奪ったことで十分に魔力が溜まっていたのか、目玉がブワッと禍々しい漆黒の煙を放出させた。


 その様子を見て、ヒュリテが涙をこぼした。


「……長かった。数年前からゲベリオン様の復活を目論んでいたが、忌々しい冒険者たちに邪魔をされた。だが、ようやく魔力は溜まった! さぁ、ゲベリオン様高貴なるお姿を私にお見せください!」


 煙はやがて、顔や手、胴体のような形へと姿を変えた。そして、そのまま煙が実体化し、顔や手、胴体などを作り上げていく。


「おぉ、魔神ゲベリオン様が蘇る。蘇るぞ!」

 

 一際大きな煙で、姿が全て見えなくなったが、すぐに煙が晴れると、そこから現れたのは、デーモンのような見た目の魔物であった。二本の捻れた角を頭から生やし、黒い翼、強靭な尻尾を兼ね備えた人型の魔物。


 これは——見た目だけは強そうだ。今までこの世界で戦ってきた魔物たちと比べれば数段強そうに感じる。


 だが、元の値が低い分、そこに強さを足したからといって弱いものは弱い。以前までにいた世界の魔物で比べると、魔王の手下の手下ぐらいの強さといったところだろう。


 こんな魔物を復活させるために、ルーエンを悲しませたのか。初めての依頼を完遂して、戻ってきたルーエンをみんなで迎えて、楽しく終わるはずだったのに。その喜びを台無しにした罪は償ってもらう必要がある。


 手を握り開くことを繰り返し、身体の感触を確かめている様子のゲベリオンにヒュリテが声をかけた。


「ゲベリオン様、ご復活おめでとうございます」

「うむ、魔力集めご苦労であった。忌々しい、勇者なる存在に滅ぼされ幾星霜……ようやく肉体を取り戻すことができた」


 ありがたきお言葉、とヒュリテはひざまずいてゲベリオンを見上げている。


 この世界は優しい世界だとイルディは言っていた。それは、以前存在していた危険な魔物をこの世界にいた勇者が倒してくれていたからのようだ。


 せっかく勇者が平和で優しい世界にしてくれたのに、心が荒んでいる人間のせいで、嫌な思いをする人が生まれてしまう。


「復活した暁には我々の願い——女神イルディが支配する、この醜く、救われない世界の崩壊をお願いいたします」


 ゲベリオンは腕を組んでヒュリテを見下ろしているが、次の瞬間ヒュリテに手を向け「ご苦労だった。肉体を取り戻した以上、貴様はもう用済みだ」と言い、手のひらに火球を生み出した。


「……へっ?」と呆けているヒュリテにゲベリオンが火球を放ったが、その火球がヒュリテに当たることはなかった。


 いかにも忌々しいと言った様子で、ゲベリオンが俺のことを睨みつけてくる。


 消し炭になって消えるのもヒュリテの最後には相応しいのかもしれないが、きちんとルーエンに謝罪するまで死なせるわけにはいかない。


「償う前に、死んで楽になんてさせないからな」


 『嵐雷』の魔法で瞬時にヒュリテとゲベリオンの間に割って入り、剣で火球を切り裂いた。ヒュリテはもう何も考えられないと言った様子で呆けている。


 一方、ゲベリオンは俺のことを睨みつけ、そして不敵な笑みを浮かべた。


「貴様には礼を言わんといかんな。肉体を取り戻すために、あの時以来の極上の魔力をくれたのだからな」

「あの時以来?」


 睨みつける俺に対して、ゲベリオンは腕を組んで、懐かしむように目を細めた。


「忌々しい王城で封印されていたが、そこで殺めた男から大層な魔力をいただいた。あれは誠に美味であった……。まぁ、貴様ほどではないがな」


 魔力を美味しいと言われても反応に困る。自分の魔力に味があるのかどうかも知らない。知ろう思ったことがそもそもない。


 俺が睨みつけるばかりで対して反応を示さなかったからか、ゲベリオンは首をポキポキと鳴らし始めた。


「褒美として、この世界を再び混沌の世界に陥れる前に、貴様はこの我直々に始末してやるとしよう。我が眼前にひれ伏すがいい!」


 叫びと同時に、ゲベリオンを中心に魔力の本流が巻き起こる。凄まじい暴風が生じ、ヒュリテは俺の傍で、ガクガクと震えて何かを呟いている。


 俺はヒュリテと話がしたいのだが、ゲベリオンがそれをさせてくれない。何はともあれ、まずはゲベリオンを倒さないといけないようだ。剣を構えて、ゲベリオンを見据える。


「さぁ、存分に楽しませてくれたまえ!」


 ゲベリオンが俺に手を向けると、火球が出現した。さらに魔力を込めているのだろう、火球がどんどん膨張していく。このまま放っておくと、部屋を飲み込んでしまいそうだ。


 まぁ、そんなことになってしまうとヒュリテとの話どころではなくなってしまう。雷を纏わせた剣をふるい、火球を一刀両断する。


「な、に!?」


 俺としては大したことをしたつもりはないのだが、ゲベリオンにとっては大したことのように思っている様子で、目を見開いて睨みつけてくる。


「これは防ぎきれまい!」


 今度は氷の魔法だ。床を鋭利な氷の刃が無数に出現し、俺に向かって襲いかかってくる。だが、それも軽い剣の一振りで粉々に吹き飛ばした。


 氷の破片がゲベリオンを襲うが、魔力を巻き起こし撃ち落としているが、全て防ぐことはできなかったようで、苦悶の表情を浮かべている。


 ゲベリオンは忌々しいといった様子で睨みつけてくる。ただ、俺としてはこうなることは分かりきっていたことだから驚きも何もない。


「もう終わりか? じゃあ今度は俺からいくぞ」


 切先をゲベリオンに向けると、震えながら叫び出した。


「……まだだ、まだ我の力はこのようなものではない!」


 今まで以上の魔力の本流がゲベリオンを中心に巻き起こる。今まで以上に禍々しい雰囲気を感じたかと思うと、俺の足元に先ほどまで存在していたのと同色の紫色の魔法陣が出現していた。魔法陣からバチバチと紫色の禍々しい雷が、周囲にほとばしっている。


 ……闇の力が込められているとはいえ、雷の魔法か。雷系統の魔法に関しては、俺は少し自信がある。


「これでもらえ、『闇雷(シュバルツ・ブリッツ)!』」


 ゲベリオンの叫びと共に、魔法陣から紫色の禍々しい雷が発生し襲いかかってくる。勝利を確信した様子で、ゲベリオンは笑い声を上げている。


 そんな中で、切り刻んでしまうのも申し訳ないが、ヒュリテがこの魔法でやられてしまうと話ができない。


「悪いな。雷の魔法は俺には効かないんだ」


 剣に雷を吸収させ、それを俺の魔力と共に打ち出す。先ほどまでは紫色の禍々しい色をしていたが、俺の魔力を受けて色は青白いものへと変貌を遂げている。


 剣戟に乗せた雷の刃がゲベリオンの頭についている角を綺麗に切断した。ゴトッと鈍い音が室内に響き渡る。


「おのれ……、おのれええええええええぇぇぇぇぇぇ! 人間風情が、我に傷をつけるなど、あってはならん!」


 すっかり冷静さを失った様子のゲベリオンが、火球を乱射してくる。このようになってしまうと、後は簡単だ。火球を全て切り裂いて、『嵐雷』の魔法で翻弄し背後へと肉薄する。


 そして、雷を纏わせた剣を縦に一閃。


 ゲベリオンの背中から青色の血飛沫が飛ぶ。それに呼応するかのように、絶叫が響き渡る。背中をのけぞらせた後で、苦しそうにのたうち回っている。その様子から、先ほどまでの紳士然とした様子は失われているように見える。


 呼吸は荒くなり、うつ伏せの体勢で俺のことを見上げてくるゲベリオン。もう結果は見えたな。次の一撃で葬り去ることはできる。剣の切先をゲベリオンの眼前に向ける。


「その強さ……。もしかして、あの時の勇者か!? ……なぜ数千年前の勇者がまだ存在しているのだ。人間の寿命なぞ魔族に比べれば儚きもの……なぜッ!?」


 どうやら、俺のことをを千年前に打ち倒された存在の勇者と勘違いしているようだ。死ぬ寸前に思い出したのだろうか。


 ただまぁ、あながち間違いではない。今までの世界ではの話ではあるが。今の俺は——。


「俺は勇者なんかじゃない。ただの冒険者だ」


 切先を向けながら笑って見せると、ゲベリオンの表情はさらに不快なものへと歪んでいった。


「……舐めた真似を。こうなれば……その男の望み通り、この世界を消しとばしてくれる!」


 ゲベリオンの身体が光り輝き出した。おそらく爆発でもしようとしているのだろう。ルーエンは結界の中にいるから無事だろうが、このままではヒュリテが耐えられない。


「そうか」と呟き、爆発しようとしているゲベリオンの膨張する身体を一閃。切り裂いて消滅させた。


 目玉も残らないように、跡形もなく。

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