優しい宴

昼月キオリ

優しい宴

ある日の夜。

仕事から帰った私は一人ため息をつく。

「なんだか疲れたな」

そうポツリと呟いた。

1人暮らしのアパートの扉の前で立ち止まる。小さなポストに一枚のチラシが入っていた。

手紙には「あなたを宴に招待します」と書かれていた。

しかし、住所も宛て名も書いてなかったので不思議に思っていると・・・。

玄関の所にポワポワとまん丸い光が浮かんでいるのが見えた。

だが不思議と恐怖心や不安は感じられず、近寄ってみる。

するとその光は扉の向こうへと移動したのだ。

扉を開けて光の方へと近づくと、また光は移動し始めた。

まるでどこかへ誘導してくれるかのようだった。

光は住宅街を進んでいく。


しばらく後を追っているととある家に辿り着いた。

木を基調とした小さな隠れ家のような外観だった。

中に入ると1人の女の人が声をかけてきた。

女の人「どうぞ、ごゆっくりなさって下さいね」

私はお礼を言うと家の中を見回した。

すでに何人か来客がいるようだ。しかし、その誰もが暗い表情をしている。

しばらくすると私達の目の前に木の机や椅子がきのこが生えてくる時のようにニョキニョキと生えてきたではありませんか。

形はそのどれもがいびつで、まるで森の中にいるような錯覚に陥った。

一瞬驚いた私達だったが、促されるまますぐに席に着いた。

女の人「飲み物は何にしますか?」

私は何があるかと尋ねた。

女の人「お酒以外でしたら何でもご用意できますよ」

私はホットチョコレートを注文するこにした。

しばらくすると机の上にそれぞれ注文した飲み物が置かれていく。

女の人「これからジャズを流しますので

日頃の疲れを癒して行って下さいね」


その直後、奥の部屋から現れたのはなんと動物達だ。

当然、誰もが驚く。しかし、それ以上に動物達が楽器を持っている事に驚いた。

うさぎさん、リスさん、猫さん、犬さん、キツネさん、タヌキさん。

小さな動物達が様々な楽器を演奏していく。

眠気を誘うほどに優しく穏やかな音色を奏でいた。

温かい飲み物を飲んでいる事もあり、気が付けば心も体もポカポカと暖かくなっていた。

最初は暗い表情をしていた人達も演奏を聴き進めていくうちに段々と穏やかな表情へと変わっていった。

私はいつの間にか涙をポロポロと溢していた。

そこへ、一匹のうさぎさんが私の所へと来てハンカチを渡してくれた。

うさぎさん「がんばったね、もう大丈夫だよ」

動物って喋れたっけ、動物って演奏できたっけ、ううん、もうそんな事どうだっていい。

今この瞬間、嬉しいと思えた。その事実だけで充分じゃないか。

私がお礼を言うとうさぎは皆んなの元へ戻っていった。

特別辛かった訳ではなかったが、演奏が終わる頃には

とても温かな気持ちに包まれていた。

女の人「今宵の宴はここまでです

お気をつけてお帰り下さいね」

私はお代を払おうとしたのだが・・・。

女の人「お代は結構ですよ、また辛くなったらいつでもいらして下さい

あなたが望めば、光が導いてくれるはずですから」


帰った後、私はすぐに眠ってしまっていた。


次の日の朝。

楽しい夢だったな。あれ?

起き上がると私は枕元にハンカチが置いてある事に気付く。

そう、これは間違いなくあの時にうさぎさんがくれたハンカチ。

目を閉じると昨日の宴が鮮明に蘇ってくる。

女の人の優しい声、ホットチョコレートの甘い香りと味

、動物達の演奏、うさぎさんとの会話とハンカチ。

そのどれもが暖かくて優しかった。

私はその宴を"優しい宴"と名付けた。

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優しい宴 昼月キオリ @bluepiece221b

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