矛と矛と僕と君

楽天アイヒマン

第1話

 後輩の男の子を好きになってしまったかもしれない。僕は男だが、懐いてくれている後輩が可愛くてしょうがない。一緒に風呂に入ったり一緒の布団で寝たり、彼は距離感を気にせず僕の懐に入ってくる。

 性的に見ているわけではない。彼の裸を見ても興奮しない。しかし彼を失いたくない。愛おしくってしょうがない。


 僕の性欲はグラデーションで、日によって対象が違う。道ゆく女の子に見惚れて元カノに殴られたり、男らしい体を見て彼になりたいと思ったこともある。

 性欲の介在しない愛があればいいと何度願ったかわからない。

 僕はしばらくEDで自分の性癖を見失っている。アルコールによって衰弱した性欲と、その向け先を見失った不安、その悪循環で僕は、男性も女性も嫌いになった。たまに飲み屋でそれとなく好意を向けてくれる人がいても、僕はEDのせいでそれに応えることができない。

 時間というものは残酷で、昔僕を好きになってくれた人が次々と結婚していく。そして皆一様にSNSのプロフィールで幸せをアピールする。幸せはコメディで、僕の人生はトラジティだ。二つがぶつかると対消滅で消えてしまうから、僕は黙って身を引くしかない。

 世間の当たり前としては、僕ぐらいの年齢になると彼女の一人や二人を作って結婚を考え始めるのが普通なのかもしれない(まあそれもあくまで僕の中の当たり前なのであって、打ち破れない僕の弱さや見聞の狭さのせいなのではあるが)。

 その自意識の弱さを責める人もいるが、勘弁してほしい。矛はいつだって盾より強い。トゲトゲした言葉にはかえしがついていて、いつまでも僕の胸からは抜けない。


 思えば僕がEDになったのもアルコールのせいなどではないのかもしれない。自分のアンビバレントな感情が許せなかっただけだ。そうして僕自身への攻撃性が高まり続けた結果、緩慢な自殺の手段として身近な酒を選んだのだ。

 僕にとって男らしさとは一種の呪いなのだ。自分で自分の首を絞め、それでも死にきれずもがいている。

 叶うなら世の中の全員が僕を痛めつけてほしい。そうすれば、僕は誰も好きになることもなく、ずっと一人で生きていけるだろう。

 それなのに、みんな僕に優しいのだ。愛してくれるのだ。僕はその気持ちを受け止め、他人の愛を喰らい尽くして、糞みたいな、どうにもならない芸術とも呼べない何かを捻り出す。

 たまに僕は怪物なのかもしれないと思うことがある。好きや嫌いという気持ちもわからず、ただただ無感情に周りの人間の好意を食い散らかす。まるで昔話に出てくる村娘の生贄を要求する化け物のように。村娘が死にたくないと願う以上に、化け物は食べたくないと願っていたんじゃないだろうか。会話を重ね、お互いの心根をわかって一緒に踊る。それでも夜がふけ、草木が寝静まったタイミングで欲に負け、耐えきれず目の前の快楽に飛びついてしまう。

 グラデーションで切り替わる性欲のまま、昨日好きだった人を、今日は酔っ払って殴りつける。そして次の日、自己嫌悪で死にそうになりながら売春婦を好きになる。

 その様子は何かに似ているが、アルコールで痺れた脳みそでは思い出せやしない。


 しばらく彼女がいないと、周りの人間からこう言われる。「ホモなんですか」「女の子苦手なんですか」「隠すことないんですよ」

 僕が当たり前のように女の子が好きだという前提で、話を進めてくる。何度も言うが、僕の性欲はグラデーションなのだ。男も女もどっちも嫌いだし、どっちも好きだ。

 男の子にも女の子にもなれない。ちょっと辛いが、おかげでモテるようになった。僕を好きと言った女の子曰く、僕からは孤独の匂いがするそうだ。当たり前だろう、だって僕を好きと言った瞬間、僕は彼女たちのことを嫌いになるのだから。

 カエル野郎だとかわがままだとか、好き勝手言えばいい。もうとっくに開き直っているのだから。僕は僕だ。


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