深夜の農園

七倉イルカ

第1話 深夜の農園・Ⅰ


 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 畑から生えた太い数本の蔓が絡み合い、一本の巨大な蔓となって天まで伸びている夢である。

 蔓が生えている畑には見覚えがあった。

 オレが市から借りているレンタル農園である。

 

 夢の中で、オレは何度も蔦を登ってみた。

 蔓は雲に届き、雲の大地には、子供のころに聞いた童話そのままに、城が建っていた。

 でかい城である。規模がでかいと言うより、作りがでかいのだ。

 内部に忍び込むと、ドアの高さは10メートル以上もある。普通の人間には、開閉することは不可能だ。

 テーブルや椅子、ベッドのサイズもバカげた大きさである。

 つまりこの城は、巨人が住む城なのだ。


 夢の中、巨人の城に忍び込むたびに、オレは幾つものお宝を盗み、それから蔦を降りて逃げるのだが、目が覚めると、当然お宝は消えている。

 昼間、畑に行ってみるが、巨大な蔦など生えていない。

 さて、どうしたものか。

 なんとか雲の上の巨城のお宝を手に入れることは出来ないかと空を見上げた時、オレはあることに気づいた。

 空の色だ。

 夢の真中の空の色は青くなかった。

 もっと深い藍色だった。つまり、夜だったのだ。

 ……よし。

 その日の夜、オレは畑へと向かった。


 本当は斧を用意したかったが、そんなものは持っていなかった。

 仕方がないので、シャベルを持っていくことにした。

 柄の長さは80cm。畑を掘り返す時に使うシャベルである。

 深夜。農園に着いたオレは、ニンマリと笑みを浮かべた。

 オレの予想は当たっていた。

 オレが借りている区画の中央から、絡み合った蔓が、天まで届くほどに高く伸びていたのである。

 シャベルを地面に転がし、オレは一気に蔓を登り始めた。


 どんどんと登る。

 そしてオレは、雲を突き抜け、その上にある雲の大地に到着した。

 いつものように巨城が見える。

 よし! 今度こそ……。

 オレは城に忍び込んだ。

 数々の宝石も捨てがたいが、狙いは金の卵を産むガチョウであった。

 数十億円の宝石より、毎日一回、「産め」と命じるだけで、金の卵を産むガチョウの方が、最終的には大金を得ることが出来ると判断したのだ。

 …………。


 うわわわわわわわわわわわわわわわわわ!

 オレは城から飛び出すと、登って来た蔓に飛び移り、必死になって降り始めた。

 見つかったのだ。

 巨人に見つかってしまったのだ。

 真ん丸に膨らんだ、バレーボールのようなガチョウを見つけ、抱えて盗み出そうとした時、巨人に見つかってしまったのだ。

 「コソ泥め! 喰い殺してやる!」

 雷鳴のような声に、オレは真っ青になって逃げだしたのである。

 

 どんどんと降りる。

 途中まで降りた時、蔦が大きく揺れた。

 巨人だ。

 間違いない。

 オレを追ってきた巨人が、蔦に飛び移ったのだ。

 その衝撃で蔦が揺れたのである。

 まずい、まずい、まずい。

 オレはさらに速度を上げ、蔦を降りた。

 最後の数メートルは、蔦から手を離して地面に転げ落ちた。

 蔦はまだ揺れている。

 巨人が追ってきているのだ。

 しかし、ここまでは想定の範囲内。童話の通りだ。

 今、蔦を切り倒せば、地上に落ちた巨人は死ぬはずである。

 オレは蔦を切り倒すために用意していたシャベルを……。

 シャベルが無い!

 蔦を登る前に、ここに転がしておいたシャベルが無くなっていたのだ。

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