看板
通学路に、大きな看板があるんです。
美容整形の宣伝で、綺麗な女の人が微笑んでいるやつなんですけど、なんとなくその前を通るのが怖かったんです。理由はうまく説明できないんですけど、看板の女性に見られているような気がして、ぞっとするような感覚がありました。
高校生にもなってそんなことを思うなんておかしいかなとも思ったんですけど、どうしてもその気持ちを振り払えなくて。その話を友達や周りの人にしても、「高校生にもなって何だよ、それ」って笑われるだけでした。
その日は部活が長引いて、帰りが遅くなってしまいました。いつも一緒に帰る友達が病欠で、一人で人気のない道を歩いていました。
夕暮れ時で、空は薄暗く、街灯がぽつぽつと灯り始めていました。通学路を急いで進んでいると、あの看板がだんだん近づいてくるのが分かりました。
いつもならできるだけ目を逸らして通り過ぎるんですけど、その日はなぜか妙に意識してしまって。見ないようにしよう、見ないようにしようと自分に言い聞かせながら、足を速めて看板の前を通過しようとしたんです。
その時でした。急に足取りが重くなって、まるで足が地面に吸い付いたみたいに動かなくなったんです。看板のちょうど前あたりで、身体が完全に固まってしまったんです。驚いてスマホを取り出して助けを呼ぼうとしたんですけど、電源が入らない。さっきまで普通に使えていたのに、画面は真っ暗のままでした。
周りを見渡しても人影はなくて、でも民家はあるので、大声を出せば聞こえるかなと思って声を上げようとしたんですけど、喉が詰まったみたいに声が出なくて、ただ唇が震えるだけでした。
そのうち、もっと怖いことが起きたんです。自分の意志とは関係なく、何か抗えない力で顔がゆっくり動かされ始めたんです。あの看板の方向に。
見ちゃいけない、絶対に見ちゃいけないって頭の中で叫んでいました。ものすごく嫌な予感がして、ぎゅっと目を瞑ったんですけど、それでもダメでした。まぶたが無理やりこじ開けられるような感覚がして、目を開かざるを得なかったんです。そして、とうとう看板の女性とバッチリ目が合ってしまいました。
その瞬間、心臓が止まりそうなくらい怖かったです。彼女の顔は綺麗な微笑みを浮かべていましたが、少しずつその顔が崩れ始めたんです。最初は微妙な歪みだったのが、だんだんひどくなって、目がずれて、鼻が潰れて、口が裂けたようになって。テレビのドキュメンタリーで見た、整形手術が失敗した人の顔みたいに、ぐちゃぐちゃに崩れていったんです。
私はもう怖くて半泣き状態でした。逃げたいのに身体が動かなくて、ただその恐ろしい光景を見つめるしかなかったんです。
すると、彼女の口が動きました。はっきりと、声が聞こえたんです。「その顔、ちょうだい」って。ぞっとするような低い声で。
看板から彼女の手が伸びてきて、私の頬に触れようとするのが見えました。白くて細い手が、ゆっくりと、でも確実に近づいてくる。私は息をするのも忘れて、ただその手を凝視していました。もう駄目だ、触られるって思ったその瞬間――
「美麗!」
突然、聞き慣れた声が響きました。帰りが遅い私を心配して迎えに来てくれた母でした。
その声を聞いた瞬間、身体を縛っていた見えない力が解けたように感じて、急に動けるようになったんです。
私は母の方に駆け寄って、そのまま一緒に走って家に帰りました。母の手を握りながら、涙が止まらなくて、怖かった、怖かったって何度も繰り返していました。母は「何があったの?」って聞いてきたけど、あの時の私はうまく説明できなくて、ただ震えているだけでした。
家に帰って落ち着いてから、あの看板に写っていた美容クリニックについて調べてみたんです。すると、そのクリニックでは、数年前に整形手術に失敗した女性がいて、そのショックで自殺してしまったという記事があったんです。
その女性があの看板に取り憑いていたんじゃないかって、今になって思うんです。私の顔を欲しがった理由も、もしかしたら自分の失った顔を取り戻したかったからなのかもしれません。
母が働きかけてくれ、その看板はすぐに撤去されました。
それでも、あの道を通る時は、つい足を速めてしまう自分がいます。
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