「乖離」④
進学校ということもあり、部活はどちらかというとおまけ。そのため、本気でやらない部活も複数あるそうだが、陸上部は楽しみながらも各々が記録を伸ばせるように切磋琢磨していく雰囲気で取り組めていて入って良かった。ただ、先輩方の中でも難関大を目指している方も多くいて、2年生で部活を辞める人がほとんどだった。それを入った当初に聞き、高校で陸上に全力で取り組める時間は中学時代よりも短いことを自覚し、一回一回の練習の質を高めることに努めた。それが功を奏したのか記録自体も今まで以上に良いものになり陸上自体も人生の中で最も楽しい日々となった。
勉強に関しては、入学前から先取りで学習したこともあって授業についていけないという心配もない。勿論、親から言われているのは国公立の中の難関大を目指せと言われているので、そんなところで躓いてはいけないのだが。ただ、そうは言われただけでどこの学部を目指せとは言われなかった。てっきり親と同様に教師になれとでも言われるのかと思っていたので、それを目指したくない自分にとってはラッキーだったのだが。
しかし、困った点でもある。今までの進路は親がほとんど決めてきたものだから、自分の将来の夢というものが持てていなかった。では、よく学校で書かされる将来の夢などには何と書いていたのかというと「のんびりとした生活」としていた。それに対しておじいちゃんみたいなどといじられたりもしたが、過酷スケジュールで生きてきた僕にとって目指すのはそのような生活だった。ただ、それを達成するためにどのような進路を進めばいいのか分からなかった。だから、とりあえず、どんな進路でも選べるよう大学受験に向けて1年生の頃から少しずつ着実に勉強は継続していた。それどころか勉強の量も質も前より重視するようになった。
そのように勉強に今まで以上に集中しているのには理由がある。両親ともに教師で、早い段階から塾にも行かせてもらっていたこともあって受験に対する情報を得ていた。それを知って危機感を感じていたから。確かに今までは、親が選んできた進路ではあるが思った通りの進路を歩んでいけている。しかし、大学受験にもなると今までと話が変わってくる。それの大きな変化が受ける受験者数の多さ。勿論、今僕が目指している難関大は人気もあり、そこを目指して小さな頃から努力してきた人たちが限られた枠をもぎ取る戦いである。その中にはそもそも才能として生まれた時点からスタートラインが異なっているいわゆる本当の天才もいる。それに僕が当てはまらないのは徐々に分かっているから泥臭くやらなければならないのだ。
そうして、勉強も陸上も前向きに取り組む高校生活。一日一日が濃密だったが過ぎていくのはあっという間だった。
気づけば2年生にある最後の陸上の大会も終わった。そこでは、中学の時のように県大会まで行くことはできなかった。それもそうだろう。進学校に入り生活のメインが勉強の僕らと、運動系に力を入れている学校に進学した運動に力を入れることが生活のメインの選手たち。彼ら相手に負けてしまうのは仕方なかった。けれども、決して後悔はない。限られた時間内ではあるがチームメイトと切磋琢磨しあい成長してきた成果を本番でも発揮できたのだから。
こうして、部活を引退すると他の部活の子も同様に引退する子がほとんどになってきた。そうして、学年全体は大学受験へ標準を向け本格的に猛勉強が始まる。中には高校に入った段階で満足してしまったのか勉強を疎かにする生徒もいた。一生懸命努力しても、中学校と高校では学ぶことの量や密度、難易度が違うため付いていきたくても差が開いていく子もいた。僕は高校入学より前から先取りで学習を進めていたため、学年の中でもトップ層に食い込むことが出来た。それでも、本当の天才のような奴には敵わなかった。そこで今までの人生で初めてといっていいほど、勉強面で明確に負けを感じた瞬間でもあった。
それを実感したのは僕以外のトップ層の中でも一定層いたのだろう。県内で最も偏差値の高い高校に進学し尚且つそこで、トップを争える位置にいるような彼らにとって、小学校や中学校で勉強面において誰かに負けるということを経験したことが無かったことがほとんどだったはずだ。それに心が折れてしまう人もいた。それは仕方のないことだろう。今まで、自分に絶対の自信をもってなお研鑽を積んできたのに勝てなかったのだから。しかし、それに対して僕はへこたれることは無かった。
勿論、悔しい気持ちはある。あれだけ昔から遊ぶことも無く勉強してきたというのに勝てないのだから。でも、それは相手だって努力してきたことを知っている。たとえ、才能というスタートラインの差はあったとしても。また、陸上で何度も経験してきた。勝ちも負けも。だから、この勉強という戦いにおいて初めて間近に現れた強者に対して臆することなく付いていこうとした。
そうして、今まで以上に一日のほとんどを勉強に捧げる生活が受験当日まで続いた。その中では当然志望校も絞らなければならなくなってきた。高校入学当初は今までの人生のほとんどの選択肢を親が決めていたこともあり、自分で自分の進みたい道を見つけることが出来るか不安だったのだが、その心配は杞憂に終わった。
高校に入って学ぶ内容自体が難しくなったがそれに対して今まで以上に面白さを感じた。それを最も感じたのが自分の中では数学だった。しかし、学校の先生や塾の先生から高校までの数学や算数と大学で学ぶ数学は違うという注意を受けたため、試しに時間がある日に大学数学の本を見つけて目を通してみた。当たり前のことではあるが、パッと見ただけでは理解することが出来ない難解なことばかりが書かれていた。けれども、そこに惹かれた。高校数学自体も好きだが、数学という学問自体に関して純粋に興味を持った。
そこからは自分の目指す道が明確になり、今まで以上に勉強が捗った。志望校として目指す大学を東京にある大学か京都にある大学か最後まで迷ったが、最終的には後者に決めた。それは今までの勉強人生において初めてともいえる妥協だったが、周りがいくら受けてみる価値はあると言うが自分には合格できるビジョンが見えなかった。
さらに時は過ぎ、本格的に受験に向けての手続きをしていく。それを行うたびに今までの人生の中でも感じたことのないほどドキドキしたが、日々勉強をしてきたという事実が自分を支えてくれた。
そこからは、自分としては一瞬のように時間が過ぎていった。共通テスト。滑り止めの私立受験。それらの合格発表。そして、国公立前期。その数日後には高校の卒業式。一応、私立の滑り止めでも自分も親も納得のいくところに合格することが出来ていたため、浪人という未来は無いので気楽に式自体は迎えることが出来た。
そうして、国公立の合格発表当日。自室でその時間を静かに待っていると、ウェブ上に公開される合格者の受験番号。そこには無事自分の受験番号が載っていた。それに対して、安堵と開放感を同時に感じる。もう親から課される勉強を行わなくていいのだということと、この不思議な家から少し離れることが出来るということ。というのも、自宅から京都の大学に通うことは不可能なため下宿することが確定していた。
合格が決まった後、お世話になった高校の先生や塾の先生に挨拶を済ませ、引っ越しの準備を家族で協力して進めた。というのも、両親ともに教師であるためこの時期に休みを作ることも難しく、両親が休みでない日は自分でできることをやっておいて、両親が頑張って取れた休みの日に何とか家族全員協力のもと引っ越しを完了させた。
そうして、しばらく会えないからとその日の夕飯は家族全員で久しぶりに外食に行った。そのときの両親の表情は今までで見たことが無いほど柔らかく『よくやったな』ということを何度も言われた。ただ、和真は僕の合格を喜びながらも、どこか不安そうな顔だった。だから、両親に聞かれないように一応声はかけた。
『どうした、何かあったか?浮かない顔をしているように見えるけど。』
『いや、何でもないよ。でも、本当に合格おめでとう兄さん。』
『ありがとう。和真ももうちょっとしたら高校受験か。頑張れよ。』
『うん、まあ俺なりにボチボチ頑張るよ。兄さんほど頭も良くないからさ。』
そう終始不安そうな顔をして話す和真を見て、どうすべきか分からなかった。そうしているうちに家族との別れの時間がやってくる。別に時間を見つけて帰ることもできるのだが、この時点ではあまりそういう考えはなかった。やっとやってきた自由を楽しもうと思って。
いつもとは異なり、上機嫌で手を振る父。一人でやっていけるのか珍しく心配そうにしている母。その横に僕のことを応援していながらも、なんだか悩みを抱えてそうな表情をしている和真。それを心配しながらも、目先の自由しか見えてなくてそのまま別れてしまった。
そうこうして、大学生活が始まった。入学式の前には新入生用のオリエンテーションが大学で開催され運よくそこで同じ学科内の友達が出来て良かった。学科が関係なければ高校時代の知り合いも同じ大学に何人か進学しているので問題は無いのだが、学科内には元々友達はいなかったのでその心配事が消え、気楽に入学式を迎えることが出来た。
入学式といっても、別に今までと変わらずお偉いさんのお堅い話を聞かなければならない苦痛の時間に変わらない。それでも、周りにいる今までとは比べ物にならない生徒の数。それにやっと大学生になったんだと謎のタイミングでそのことを実感するのだった。
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