エピローグ

戦士トミンク・マキス・ライザスの葬儀が行われている小さな寺院は

村人で溢れていた。

少し離れた病院から届いた族長リンザリーのよく通る声がスピーカー

から流れていた。悲しみは村全体を包んでいる。


最後に、このようなことが二度とないように最善の努力を誓うとの声

明文が読まれて終了した。村人全員はこの悲しみを一番に感じているの

は家族とこの族長であると理解している。


そしてもちろん、この村の経済は世界中に派遣される戦士たちの活躍

で成り立っているのを村人全員は知っている。もし戦士たちの活躍がな

くなれば、水道ひとつこの村では使えないことを。


幾つかの追悼の表明が続いていた。村人たちがそろそろ家に向かう時、

村の連絡事項が流れていた。

どこの家の屋根の修理の手伝いの募集や、どこかの家に元気な男子何

キログラムで生まれたこと等が続いた。


最後に、この場にふさわしくない内容ですが、との前ぶれがあり、

長老の一人がこう伝えた。


「我々の最も敬愛する族長リンザリー様の婚約を正式に発表します」


突然どよめきが起こった。

一人の村人が「ザイン」と呟いた。それは「ありがとう」の言葉を意

味するこの村独特の言葉だ。一人から二人、そしてそこにいる村人全員

の大合唱になった。


「ザイン、ザイン、ザイン、ザイン」


これは戦死したトミンクに捧げる最大の賛辞であり、共に長い結婚を

かたくなに拒否していた族長がやっと結婚する意思に変わったことへの

感謝の気持ちでもある。村全体に覆っていた悲しみが、今、吹き飛ばさ

れた。


トミンクの母親も涙の声でつぶやいていた。「ザイン」と。

リンザリーは昨日受け取った戦士トミンクの妹サリムの戦士志願書を

見ている。


村人は原則的には何人たりとも戦士への志願は可能だ。もちろん過酷

な五人の長老の試練を越えなければならないが。


しかし、族長は拒否権を行使することも可能だ。罪人、不適格者、異

民族などの理由からだ。だが過去一度もこの拒否権を行使した族長はい

ない。それはこの村に命を捧げる気持ちを尊重するからだ。


だが、リンザリーは初めてこれを戦士トミンクの妹サリムに適用する

つもりだ。

サリムを戦士にするわけにはいかない。それは戦士トミンクの意志に

反するからだ。


リンザリーは心に堅く誓っていた、サリムは私が守る。



静かなワシントン国立医学書専門図書館に大きな声が聞こえている。

「副館長、どうしてこんなミスをするのですか? これは正規ルートか

らの書物ではありません。まだ基本ルールを理解していないのですか?」


アンは副館長の机に一冊の本を叩きつけた。


「ミス、アン・リー。君はここが何処だかまだ理解していないようだな。

それに私を呼ぶ時は必ず様を付けてまえ。副館長様だ。いいか、分かっ

たか」


「今はあなたのルールを聞いているのではなく、この図書館の基本ルー

ルを聞いているのです。副館長、じゃあなくて、副館長様、様、様」


副館長は頭を押さえながら、トニーのことを考えていた。あぁ、あの

優秀な青年はどうしてあんな事件に巻き込まれたのかと。



俺は地上五十二階にある最上階のテラスにいた。向かいのテーブルに

は年ごろになった娘が座って黒色のソーダを飲んでいる。あんな液体を

よく飲めるものだ。


この後にパティが来ることになっている。三人でここネオシティの最

高級レストランで食事をする約束だ。

前妻は都合が悪いとの連絡が入っている。まだ俺を許すことはできな

いのか。


久しぶりにあった娘はだんだんと前妻に似てきている。

モノレールで初めてVIP席に座りかなり興奮しているみたいだ。

ま あ、パティは現在この世界では時の権力者の一人だからその招待状を

持っていれば当然だが。


さらに娘はプレゼントを渡すともうかなりハイな状態だった。そして、

待つこと30分後、女性警護ロボットを二人連れてパティが謝りながら

席に着いた。


「ごめんなさいね、どこかの首相が突然の面会をしてきたものだから。

あら、ヒョウ、この方が貴方のお嬢様ね」


目の前にいるパティはもうすでに世界をリードする財界の顔を持つレ

ディだった。上品な薄いピンクのスーツと洗練された態度は、俺が住ん

でいる世界のものではなかった。


いくらか大人に見えてきている娘とはたった三歳しか変わらない。だ

が、精神年齢は確実に30歳は違うと思う。


一時間後、静かに暮れていく夕焼けの湖畔の人工スクリーンの中で、

素晴らしい夕食を三人で楽しんでいた。このレストランのこの階は貸切

りだった。


俺は二人の娘を交互に見ながら、幸福に浸っていた。二人はもう旧知

の友人のように、周りを気にせずにはしゃいでいた。時折警備ロボット

がたしなめに来たが全て無視していた。


デザートを食べながらパティは俺に聞いた。


「どう、ヒョウ、調査委員のことは考えてくれたの? 義父も是非にと

おっしゃっているわ。私からもお願いするわ。いかがかしら?」


俺はすでに、それに対する返答は考えていた。それは、ほんの少しの 躊躇もする余裕もない考えだった。


「ありがとう。感謝するよ。特にお義父さんには、依頼者として、パティ のお義父さんとして、さらに、先輩として、とても、とても感謝してい るよ。でも......」


全てを言わずとも、答えは分かっていたみたいだ。俺は一匹狼が似合っ ている。


「いいわ、分かったわ。もうそれ以上言わないで。でもこれからもず 〜っと、良い友人でいてくれるでしょう? もちろんお嬢様も一緒にね。 そうだ、今度は奥様にもお会いしたいわ。ね、いい考えでしょう? ね、 ね?」


俺はそいつは多分、簡単にはいかないとだろうとは言い出せなかった。

ただそういう場にいる自分を想像するだけで心臓が縮み上がるのは容易

に予想がつく。


まあ、縮んでもノミの心臓だから大したことはないか。

じゃあ、と別れて行く後ろ姿のパティをぼんやり見ながらそんなこと

を考えていた。


その時、彼女のイヤリングに気がついた。どこかで見覚えのある緑の

大きな特徴のあるイヤリングを。


まさか、まさか、いやきっと違うだろう。


でもあれは、絶対に婆さんのしていたエメラルドのヤツだ。


この人は、誰だ。あの婆さんか、いや違う。


でも、あの純情なパトリシアならあの嫌な婆さんのイヤリングを付け

るだろうか?


いや、きっと付けないだろう。


しかし、全ての女性は美しい装飾品には心を動かすという。

俺の頭は混乱してきた。 この大きな緑のイヤリングを意図的に付けている、

この娘は、一体誰だ。


それとも、たった十九歳の娘が我々全員を思いのままに動かしていたというのか?


そんな、天才的な大犯罪者の親の血を受け継いだ娘でもあるまいし


まさか、あのばあさんか......。


俺の心臓は更に縮み上がった。


END

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イニシャライズ(初期化) Galy Mitsu @galysan

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