ロボットの手5

五人の長老達との握手の後、病院の外に出た。

そこには僕と同じくこの戦士の試験を受けたが、残念ながら落ちたア

トロ・ジェスカィヤーが待っていた。

アトロ・ジェスカィヤー、自称アポロ。


彼はこの村で比較的裕福な家の生まれだ。父親は貿易関係の仕事をし

ている。成績は優秀だ。どうして彼が落ちたのか僕には分からない。

いやそもそも、どうして彼が過酷で死と常に背中合わせの戦士の仕事

を選んだのかも理解できなかった。彼は自ら古代ギリシャの英雄アポロ

を名乗り、少し(いや、かなり)生意気なやつだ。


「やあ、トミンク。その様子じゃあ、最終試験も合格だったんだな、お めでとう」

「あ、アポロ。ありがとう」

「今日から戦士様だな......なあトミンク、ちょっと聞きたい事があるだ けど、いいかな。忙しいのは分かっているけど、頼むよ......なあトニー」


僕は驚いた。あの高慢ちきなアポロが僕にお願いをしてくるなんて。

賢の長老が時々言っていた。


弱者と強者は常にその時折々に入れ替わる。それは世の常じゃ、ばか

な弱者はばかな強者になる。だが賢い弱者はばかな強者にはならない、


それは弱者の気持ちが理解できるからじゃ。と

その言葉とあのほとんど目が見えなくなっている賢の長老の顔を思い

浮かべた。

「ああ、いいよ。君は僕の友人だもの」

「実は、賢の長老の最終試験のことなんだ」

僕は驚いた。

今、まさにその長老の事を考えていたからだ。彼の話はこうだった。


彼は賢の長老以外の試験はすべて受かっていた。だがこの最終試験で

落ちた。それも50点にも満たない点数だった。

それは再試験を望むのも却下される最悪の点数結果だった。彼はなぜ

落ちたのか、その理由とその試験の正解を知りたがっていた。


賢の長老の最終試験は一枚の写真だった。大都市のビルの片隅。

地面に新聞紙を敷きその上に座る醜い老婆。

明らかに物乞いの姿だ。通りゆく人々の不快な顔、見上げる老婆、そ

して誰かの差し出す手に紙幣が。隣には痩せた犬が寝ている。


そして問題は、その写真で一番大切なキーワードを探すという事だった。

「あの問題の、キーワードは何だったんだ。 あの物乞いの婆さんか、痩せた犬か、お金か、それとも人々の顔か。きっと下に敷いている新聞紙だったんだろう、なあ教えてくれよ。 いやきっと、街全体の雰囲気だろう。賢の長老は、これは本当の写真

だと言っていた。

でもあの街は、実は架空の偽の合成写真だったんだろう。頼むよ、もう眠れない日が、あれからずっと続いているんだ。

あの光景が目に焼き付いて離れないんだ。もちろん、賢の長老に答え

を聞けるはずがないし。教えてくれ、な、戦士トミンク」


実は僕もこの問題には面食らった。一体何がこの写真で一番重要なんだ。

僕はその時、老婆が泣いている事に気がついた。普通、お金を貰うときは感謝か喜びの表情なのに。


なぜ彼女は泣いているのだ。そして、僕はその一番大切なキーワードを発見した。


「アポロ、僕も自信はないが多分、あの紙幣を渡したのはロボットだよ」

「え......そうするとあれはロボットの手か、ロボットが人間に施しを するのか......そんな事は有りえない。だってロボットが......人間様に ......」


「いや、有りえるよ。そのロボットの所有者が命令すれば、いいのさ。 多分あの物乞いのおばあさんは昔金持ちだった時同じタイプのロボット を使用していて、それが悲しくて泣いていたと僕は思う」

「なぜ、君は気がついたんだ」


「多分、アポロはロボットを機械としか見ていないから......僕の家は貧 しくてロボットはひとりもいなかったから。 一体も、ではないよ。ロボットにも人格はあると僕は思うんだ。それにロボットは人に危害は与えないけど、お金は与えられるよ。そ

してあのロボットは人に施しをするのがきっと嫌だった。

だから紙幣を手で隠しながら渡していたと思う。堂々とお金を人に施すのはつらかったのじゃないかな」


普通の人なら堂々と紙幣を渡す、またその手には爪がなかったのに気がついたからだ。 彼は、がっくりと肩を落としながら、ありがとうと言うと帰っていっ

た。彼には戦士の仕事は向いていないと思う。


そういえばあの試験の合格の後、賢の長老は最後にこの話をしてくれた。

「トミンク、お前は本当に優しい子じゃ、その気持ちを忘れないことじゃ。 それは、今は分からないが武器として使える時がきっと来る。 常に相手の気持ちに同調する、同情は無用じゃ、気持ちは共感しても情けをかけるな。

まあ、それはそれとして、これは最後に聞いておくのじゃが、本当の最大の敵は何だと思う」


「はい、自分自身です」

「よろしい、優等生の答えじゃ。じゃあなぜかね」


「自分の中にあるあらゆる欲望に勝てないからだと思いますが、実は良

く分かりません」


賢の長老は、ほとんど見えなくなった両目で僕の目を真っ直ぐ見据え

ながら、話してくれた。

「自分以外の敵からの攻撃は、いわば直線的なものじゃ、逃げれば済む

場合が多い。だが自分自身からの攻撃はいわば波状攻撃じゃ。

こいつからは逃げられない、さらに二十四時間絶え間ない攻撃を受け

る。恐怖、嫉妬、不信、欲望、嫉みなど、こいつらに一度捕まるとなかな

か抜けられない。

これらの感情も敵からの攻撃と同様だと思いなさい。

だから、捕まらないように、それらから少し距離を置きなさい。

つまりこいつからも少しだけ逃げるのじゃな。

完全に逃げてはだめじゃが、ほんの少しだけ逃げる事は最良の選択で

ある事が多々あるのじゃよ。

トミンク、良く頑張った、よしこれで全て合格じゃ」


僕はこの試験を受ける前には、実は意識的にこれが最後の長老試験だ

とは思わないようにした。

もし、そう思うと緊張で思わずミスをしそうだったからだ。


でもこの長老の「全て合格じゃ」という言葉を聞いた時、僕は心の中

で短く父に感謝の言葉を言った。

尊敬の対象だけだった父に、今この瞬間から、先輩としての父の生き

方を学ぼうと思い始めていた。


この時はあまりの感激で、賢の長老の最後の教えを理解していなかっ

たと思う。

時には逃げることも必要だと。

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