取引2
世界で一番有能だというネオシティの最速頭脳コンピュータなら、俺
のほんの浅い引っ掻き傷のような些細な犯罪歴だって見逃さないだろう。
それが少し行き過ぎた子供のいたずらに近いものであっても、一度付
けられたレッテルは剥がせない。
いつだって自分の感情をコントロールしてきた俺が、どうしてあんな
......物思いに耽っていた俺の目の前に銀色に輝く蛇を思わせるような車
両が音もなく入って来た。
涼しげな声のアナウンスが流れた。
「このモノレールにご乗車されるお客様にはネオシティ安全規約に基づ
く審査を施行させていただきます。審査結果においてネオシティ立ち入
りが許されない場合もございます事をあらかじめご了承ください。ネオ
シティ管理軍はドームの治安と皆さまの安全を守るために最善の努力を
させて頂いておりますので、ご協力ご理解の程よろしくお願いいたしま
す」
選ばれた人と場所を守る為に、その場所に近づく人間の個人情報を強
制的に調べ、異分子や脅威を感じさせる奴を片っ端から拘留したり、さ
らに殺す権利を公言するとは、なかなか面白くなりそうだ。
ホーム各所に設置されている監視カメラに俺は既に写され記録されて
いるだろう。ここで引き返したり不審な動きをすれば自分の首を絞める
だけだ。
ゲームは始まっている、後戻りはできない。死刑宣告が怖くて来た訳
じゃない。
俺の人生なんていつ終わっても惜しくないが、殺される理由くらい死
ぬ前に知りたいだけ。本当の依頼者の意図を......。
ホームは中央で二つに分断されている。車両中央六両目と七両目に当 43
たる部分のホームは俺達一般人が待つホームとは厚い壁で仕切られてい
る。
中央の二両はエグゼブティブ専用、俺達庶民とは乗り込むホームから
違うっていう事か。一車両ずつ独立し通り抜けできないので、エグゼブ
ティブと呼ばれる人間がどんな顔をしているか、そいつらの車両がどん
な風に違うか覗き見るさえできない。
俺が乗り込んだ車両には(勿論普通車だ)進行方向に向かい横三席ず
つが配置されて、人が充分すれ違える通路を挟み20列並んでいる。
俺は周りの様子を観察できるよう最後尾の座席に腰掛けた。この時間
に出勤するのは頭脳労働をするホワイトカラーだから乗客はほとんど白
人だ。
有色人種 肉体労働がお決まりのカラードは目障りだから、時間外と呼ばれる早
朝や夜間に出入りが集中するそうだ。
目障りな肉体労働者がドーム内に滞在していない日中はロボットが代
わりに働く。東洋人特有の黄色い皮膚を持つ俺は、車両に乗り込んでき
た乗客ほぼ全員から奇異の視線を浴びせられた。
いつもの俺ならお返しに睨み返し、恫喝するサービスを欠かさないん
だが、ドームに潜入するまでおとなしくしておこう。
モノレールはゆっくりと動き始めた。
最後列中央の席に着いた俺の目の前にスクリーンが現れ、画面右下の
青く色が変わった部分に自分のIDカードを当てるよう案内する。
俺は着古した茶色のジャケットからIDカードを取り出し指図通り画
面に近づけた。前の座席に座っている乗客は慣れた仕草で次の指示に応
じている。
気のせいか、数秒スクリーンがフリーズしたように感じた。心拍数や
体温を上げて不審感を持たれないよう自分を落ち着かせる。
スクリーンは次の指示を出すより早く全体が準警告を表す黄色に色が
変わった。
はい、そうです。私には犯罪歴があります。心の中でつぶやいた、黄
色でよかった。
もし赤に変わっていたら自動的にこのイスが作動して即座に拘束帯で
縛られ、治安軍に連れていかれただろう。質問内容は明らかに他の乗客
とは違ってきている。
「データベースの照会によりあなたには過去に犯罪の記録が見つかりま
した。この犯罪を犯した事をあなたは認めますか?」
俺は開き直った、画面に触れる。
「はい」
スクリーンに告げた。
犯罪歴を持つ人間の立ち入りを基本的にネオシティは認めない。貴方
の行動全てに全責任を負うと誓約するネオシティ内居住又は勤務をして
いる保証人の承諾があった場合のみ許される。
保証人がいる場合はその氏名を入力しなさい。入力されない場合は、
即刻拘束とする。
俺は迷わず入力した。
「Three Leaves 社、エリック・マクガイヤー」
画面が変わった瞬間、俺は無意識に止めていた呼吸を取り戻した。
「ヒョウ・カワラザキのネオシティへの立ち入りは、指定身元保証人に
より許可されました。このままご乗車ください」
パティの話は正しかった。
エリック・マクガイヤーは実在し、本当の依頼人もその後ろにいると
いう事だ。保証人を承諾したという事は俺のデータがあのじいさんに
全てばれ たっていう訳だ。
俺がのこのことを探りに来た事、過去の犯罪記録、納税額、離婚のイ ザコザや
人生一度きりの一等賞(小学生時代のハンバーガー早食い競争) まで。
手の内のカードを見せてしまった事が少し悔やまれるが、まあ仕方な
い。
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