発見1

俺は確信していた。こんな偶然は 200%ありえない。 明らかに彼女は俺を誰だか知っていて近づいて来たのだ。

驚きを隠しながら(特技だ)こう言った。

「へ〜、どんなバーボンを持っているのかな、お嬢ちゃん?」

俺は彼女に向けた視線をゆっくりカウンターの向こうにあるバーボン

の棚に移した。


バーボンを知らなけりゃよく見てみるんだなとばかりに......。

すると何のことは無い、彼女は俺の思惑通りバーボンの棚を探した。

俺はここでさらに確信した。

彼女はバーボンなんて持ってない。

美しい形の眉を寄せバーボンのボトルに付いたラベルに気を取られた

一瞬の隙を逃さず無防備になった彼女を観察させてもらった。

まず身なり、そして年齢、国籍。職業柄、身に付けたアクセサリーを

チェックする。


緑の腕輪をしていれば、それが人工臓器の使用者としての証明だ。

最近では目立つ腕輪を付ける事を嫌がる風潮から腕や手に何らかの緑

のアクセサリーを付けていれば、それも証明として認知されてきている。

極小マイクロチップが埋め込まれた奇抜な形のデザイナーブランドの

緑の指輪は若い世代の流行だそうだ。

彼女は手や腕に何も付けていない。


クリーン・ハンド、つまり臓器売りをして金を手に入れる必要が全く

なかったという事だ。

資産家のお嬢さんか、そのふりをしているのか?

近ごろの若者は、己の物欲を満足させるために簡単に自分の臓器を売

る。

角膜、腎臓、肝臓、心臓等の売れ筋は勿論のこと、自分の頭皮まで売

る奴がいるのがこのご時世だ。

まあ俺だって既にいくつかの機械と同化しているし、臓器だけではな

くあらゆるボディパーツの売買で飯を食っているのだから偉そうに言え

ない。


人身売買に手を出していないだけ精神はマトモだと自負している。

年齢は22、23歳位か、ヨーロピアンだが国名まで限定はできない。

アクセント、物腰、身なりからしてかなりの富裕層と考えられる。

言葉に微かなブリティッシュ・アクセントを感じる。

裕福な家の子弟が入れられる英国のボーディング・スクール育ちか?

「そうね、私が持っているのは、ワイルド・ターキーとジャック・ダニ

エルの7番よ」

「ほう、じゃあジャック・ダニエルの6番は持っていないのかい?」

「残念だわ、今は持ってないわ。よかったら探してみるけど」

ジャック・ダニエルには No.7 しかない。

創業者のダニエルは7件の酒場を経営、それが巨万の富を得た事から

7という数字がお気に入りだった。

後に始めたバーボン蒸留所で生産する酒には自分の名前と幸運の数字

「7」が入ったラベルを付けた。

自分が所有する物全てを七という数で統一した彼は他の数字を許さな

い、だから6番は存在しない。


俺に近づく事が彼女の目的らしい。

俺は手に持ったグラスをカウンターの上にゆっくり戻した。

ここで怯んではいけない、どうせ俺の事は全て(俺自身が忘れている

事さえも)調べ尽くされ、情報として相手の手の内に握られているに違

いない。


だが、ちょっと早すぎるぜ。

「お嬢ちゃん、名前は?」

「名前? ビビアンよ」

その名を耳にし、俺はかなりのショックを受けた。 別れた妻と同じ名前。 今も部屋で俺を忠実に待ってくれる愛犬の名は妻にちなんだ。 今でも逃げられた女に未練を持っている俺は、「同じ名前の古い映画スターが好きだから」と自分をごまかし、

その名を犬に付けた。


「ビビアン・リー」幾度呼んだかわからないそのファーストネームを犬

に与えられるほど俺の傷は癒えていなかった。

懐かしいその名前を聞いた時から俺はこの娘の存在に無関心ではいら

れなくなった。

偶然か、それとも俺の弱みを握り仕組んだ罠だというのか?

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