溝鼠 作務衣
雨笠 心音
溝鼠 作務衣
これは去年の冬の話だ。
その男は堂の前に立った。堂の方を向いて立った。
それから雨が降り始め、みぞれになり、雪になった。やむ気配はない。それでも男は立っていた。
肩にうっすらと雪が積もってきた頃、男は小さく震え始めた。それでも男は立っていた。
苔むした石畳に立っていた。深緑というには汚れすぎたこの参道は、雪に白く染められていった。少しずつ埋め尽くされていった。だが、男の熱で彼の周りはそのままの色を保っていた。
男の手は赤みを帯びてきた。ほとんど全てが白と緑の林では、かがり火のように浮いていた。
男は一度だけ大きく息を吐いた。少し灰色がかったそれは、彼の顔を撫でた。
クァ、クァと白鳥が鳴いた。バシャリと水の音もした。時々、雪の重みに耐えかねた木々が雪を手放す。気温が下がり水が凍ったせいか、前日まで堂の中の雨漏りはやんだ。代わりに男の指からは溶けた雪が滴っていた。
腐った材木、土、生物の死骸や糞、全てのにおいを雪が覆い隠している。堂にはかろうじてそのにおいが残っていた。
気づくと、男のくるぶし位の高さまで雪は積もっていた。肌が出ている顔と手以外は雪が付き、彼は雪像のようになっていた。よく見ると、彼はぼんやりと光をまとっていた。溶けた雪が湯気となり、それが林床に届く僅かな日光を反射していたのだった。
突然、鷺が一匹やってきた。それは男に寄り添った。互いに付いた雪がパラパラと落ちたが、男は動かなかった。鷺が去っても、彼は立ったままだった。
やがて烏、山鼬、鼠、多くの生き物が男に近づいてきた。彼らは彼の髪を引き抜いたり、暖をとったり、食料の足しにしていたりした。だが、彼はじっと立っているだけだった。
ついに、男の全身が雪に埋もれた。それでも、男は立ってたままだった。
溝鼠 作務衣 雨笠 心音 @tyoudoiioyu
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