第6話
今年開催された「CAK二〇二五」のターゲットは一号だ。彼が言っていた復讐とは、きっとこういうことだったのだ。おそらく、かつて一号に命を狙われたカクヨーム共和国のボンクラ王子が逆恨みして、一号を「CAK」のターゲットにしたのだろう。これで今回、一号は世界中の悪い殺し屋たちから命を狙われることになった。まるで、お立ち台の上で公開処刑されるのも同じ状況だ。お立ち台……ひな壇……。あこがれ……。注目……。ターゲット。
そうか。そういうことか。ハッキングの犯人は一号が今年のターゲットに指定されたことを知って、それを一号に伝えようとしていたのだ。伝説に出てくる妖精には悪い妖精と善良な妖精がいる。俺たちと同じだ。つまり、一号のホログラム映像を妖精の姿に変換したのは、殺し屋の暗示。やはり、危険を一号に伝えようとしていたのかもしれない!
コンビニの前で登校途中の女子高生に媚を打って飛び跳ねて見せているひろしの首輪を掴んで引っ張った俺は、そのまま本部ビルへと駆けた。
一号、頼む。生きていてくれ!
俺は一号に憧れて、この世界で戦ってきた。それは、一号の任務失敗の真相を知っているからだ。
一号は老いのために暗殺任務に失敗のではない。彼は守ろうとしたのだ。ボンクラ王子に接近して「CAK」の計画を探っていた人物を。
カクヨーム共和国に潜入した彼は綿密に調査して練り上げた計画通りに事を運び、ボンクラ王子を狙撃できるポイントに陣取って、その機会を待った。一方で、自分の身辺で「CAK」について探っている人物の存在を嗅ぎつけたボンクラ王子は、その人物の抹殺を悪い殺し屋に急遽命じた。
狙撃の最中にスコープの中に他の殺し屋の姿を捉えた一号は、そいつが「CAK」の真相を調べている人を狙っていることを見抜き、ボンクラ王子を射撃できるチャンスを捨てて、その悪い殺し屋を撃った。結果、その人物は間一髪のところで助かり、そこから逃げてカクヨーム共和国を脱出できたが、ボンクラ王子の暗殺は失敗に終わり、逆に一号は衛兵たちに捕まってしまった。その後、激しい拷問を受け続けて幽閉されていた一号を救い出したのが、俺とひろしだ。俺はその功績を称えられて、一号からナインの称号を引き継いだ。
だが、それは表向きの話だ。一号は帰国後も現場での真実を決して語らなかった。それは、ある真実を隠すためだ。一号はボンクラ王子の命令で動いた悪い殺し屋を殺さなかった。ナインの称号を長年守り続けた一号が急所を外すはずはない。きっとわざと急所を外したのだ。
本部ビルに着いた俺とひろしは、エレベーターで上階のホールへと急いだ。そこでは、組織の職員向けに秘密の講演会が開かれている。今後の我々の作戦のためにカクヨーム共和国の内部の実状を見てきた人間が語るという企画だ。そう、あの新聞記事を書いた陽菜野まつり記者の講演である。
ホールのドアを開けると、壇上ではスポットライトの中で若い女がマイクに声を送っていた。
「――という実情から、今後は正規のパスポートでの入国がますます厳しくなると予想されます。ですので、私は早急に帰国して、この日本から世界に向けて『CAK』の真実を伝えていこうと思いました。しかし、現地の取材がなければ正確な記事が書けないだろうと社の方から言われ、私の記事は今後の新聞には掲載できないと言われました。それでやむなく退社することになったのです。ですが、私は今後も書き続けます。妖精書店通りで自分の店を出し、そこで『CAK』の危険性について綴った本を販売しようと計画しています。私はそこから世界に訴えます!」
会場が拍手に包まれた。壇上で頭を下げる陽菜野の後ろでは、パネル席の一つに座った一号がゆっくりと拍手していた。
俺は上着を脱ぎながら聴衆の席の間の通路を駆けた。ひろしと共に壇上を目指す。走ってきた俺に気づいた最前列席の二号が驚いた顔をこちらに向けた。
陽菜野まつり記者の演説は続く。
「ですが、私にはやり残したことがあります。それは――」
スローモーションのように視界が流れる。俺は脱いだ上着を放り投げ、ガンホルダーからベレッタを抜いた。陽菜野が隠し持っていた拳銃を握った腕を振り回すようにして身をねじる。ひろしが睾丸を揺らしながら飛んだ。陽菜野が握っている古いリボルバーの銃口が二号に向けられる。俺はベレッタの狙いを陽菜野に定めた。陽菜野のまっすぐに伸びた腕の先のリボルバーは既に引き金を絞られ弾を込めたシリンダーがゆっくりと回っている。
駄目だ、間に合わない!
空中で俺の上着を咥えたひろしがそれを陽菜野の面前に放った。広がった上着が陽菜野の視界を塞ぐ。俺のベレッタのスライドが下がり、薬きょうが排出されるよりも先に陽菜野のリボルバーの撃鉄は戻っていた。撃ち出された弾丸が俺のベレッタから射出された弾を嘲笑うかのように音を鳴らして、その横を通り過ぎる。弾はまっすぐに二号へと向かった。陽菜野の目は笑っていた。
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