第47話 王宮からの使者

 翌日。

 マイラと母が王都に向かうため、夜明け前から荷馬車に荷物を積み込む使用人たち。


 マイラと母が乗る馬車と、侍女が乗る馬車が用意され、整備士が馬車を点検作業を行っている。


 荷物の積み込むも終了し、馬車も異常なしだった。いつでも出発出来るように準備万端だ。


 マイラは着替えて食堂へと向かう。食堂には母と兄夫婦がいた。


 朝食を食べるにはまだ早い時間だが、母とマイラを見送ろうと兄夫婦も起きてきて、軽めの朝食を一緒に食べる。ロジータはまだ夢の住人だ。


「マイラは王族に嫁ぐ運命だったんだな。相手は代わったが」


 ボリスの呟きに、母が反応を示す。


「王室とは関わらせないと思っていまわ。でもね、殿下の一途さに、心を打たれたの。本当にマイラが愛しくて仕方がないと伝わってきて。マイラも殿下を憎からず思っていたようだったから」


 母に指摘されてマイラは恥ずかしくなり、頬を染めて俯く。


「王子であり、魔導師でもある。眉目秀麗で騎士にも劣らぬ剣技と体躯。男がひとつでも手に入れたいモノを全て手にしたスパダリが、義弟になる。俺の身にもなってくれよ」


 ボリスのコンプレックスを刺激しまくるフレーデリックが義弟になる。妹を祝いたい気持ちは大いにあるが、ちっぽけなプライドが邪魔をする。


 己の器の小ささに、ボリスは自分自身を嫌悪する。


「あら、ボリスだって凄いわよ。広い領地をきちんと治めているじゃない」

「領地を治めるのは領主代行の責任、当たり前の事だ」


 領地の発展に貢献しているのに、ボリスは自分の能力に気づいていない。


「お兄様、いいですか?」

「うん? どうした」


 孤児院出身の若者が王都で働き、他領の孤児院出身の若者と知り合った。同じ境遇で過ごした孤児院が話題にのぼった。


 カレンベルク出身の若者は服や靴も領主が用意してくれたと話すと、他領出身の若者は大層驚いた。

 自分のいた孤児院は、服は平民のお下がりでいつも腹を空かせていたと話す。


 カレンベルク出身の若者は他領の孤児院の実態を聞いて驚き、いかに自分たちが恵まれた環境で育ったか知ったという。


 若者は孤児院に顔を出し、院長にこのことを話し、子どもたちには領主様に感謝して、得意なことを頑張れと言い残し、王都に帰っていた。


「私、院長様から聞いて、お兄様はすごいと思いました。みんな、お兄様に感謝していましたよ」


 マイラの言葉が胸に響く。ボリスはこれぐらいしかできないと思っていた。領地に目を配り、視察で領民と話し合い、改善してきたことは、ではなかったのだと知る。


 この国で一番税金を納めているのはカレンベルク領になる。ボリスは王国を支えている存在になっていると、漸く理解した。


 理解した途端、ちっぽけなプライドは消滅し、王国を支えていると、自負が生まれた。


「マイラ、話してくれてありがとう。俺は……俺もちゃんと持っていたんだな」


 照れ笑いを浮かべるボリスは、自信に満ちた顔つきになっていた。






 そろそろ王都へ向かうために出発する時間になり、名残惜しいが母とマイラは馬車に乗る。


「マイラ、気づかせてくれてありがとう。これからも王国の支えになれるように頑張るから、マイラも王太子妃として殿下と頑張るんだぞ」

「はい。お兄様もお姉様もお元気で。お世話になりました」


 未来の王妃を乗せた馬車はゆっくりと動き出し、王都を目指す。







 マイラを乗せた馬車は順調に進み、王都の屋敷に到着した。使用人たちが出迎えてくれた後、荷物を屋敷の中へ運び、移動で疲れた体を癒やすために部屋でティータイムを楽しむ。


 この部屋で目覚めて、マイラとしての人生が始まった。


(色々とあったわね)


 目を閉じて今までの出来事を静かに思い出す。紆余曲折を経てここまで来た。


 この先は幸せで満ち溢れていると信じたい。

 信じると思えないのは、まだ前世を引きずっているのかもしれないが。






 扉をノックされ、我に返る。返事をすると、もうすぐ侯爵が帰ってくるという。

 マイラは部屋を出て母と共に父を出迎える用意をする。


(お父様が帰ってくる時間なんて、随分長く、もの思いに浸っていたのね)



「旦那様がお帰りになりました」


 執事の声が合図のように、玄関の扉が開き侯爵が入ってきた。


「あなた、お帰りなさい」

「ただいま。トルデリーゼ」


 父は母を軽く抱きしめると、マイラに目を向けた。


「お父様、お帰りなさい」

「ただいま。マイラ」


 マイラを軽く抱きしめる父。体が離れると、嬉しそうに笑う。





 和やかな雰囲気で夕食が進む。侯爵は妻と娘と一緒に食事ができて、嬉しくてワインが進む。


「あなた、少し飲み過ぎでは?」


 母は心配そうに咎めると、父は苦笑いを浮かべ、何かを思い出したようにワインを置く。


「明日、王宮から使者が来るからな。書類にサインをすれば、婚約が成立し、晴れて婚約者になる」

「今日、王都についたばかりなのに、明日ですか?」

「マイラが屋敷に到着したと報告したら、明日、使者を遣わすと言われたよ」


 思っていたより早く、使者が来るという。


「あなたが署名したらマイラは殿下の婚約者になるのね。婚約の発表はいつになるのかしら?」


 母は身を乗り出す勢いで問うが、父は冷静だ。


「婚約の発表は殿下が決めるそうだ」

「あらっ、そうなの? では、いつ発表するか……」

「殿下次第だな」

「まぁ、マイラはそれでいいの?」

「えっ? あっ、はい」


 母は驚くが、マイラは平然と受け入れている。娘の婚約を世に早く知らせたい母はいつになるのかと、気をもんでいる。


 食事を終えたマイラは部屋に戻り、湯浴みをして早々に横になる。


 朝になり目が覚めると、部屋の様子が違う。慌てて上半身を起こし、ここはどこだと部屋を見回し、気づく。


(あ、そうだ。私、王都に来ていたんだよね)


 思い出して大きく伸びをする。


(今日は王宮から使者が遣わされて、フレーデリック様と私の婚約が結ばれる日……とうとうフレーデリック様の婚約者になるのね)


 噂に惑わされて、フレーデリックを諦めようとしたことは、辛く悲しかったが、いつか笑って言える日が来るだろう。


 両親とともに応接室で使者を迎える準備が整い、使者の訪れを待つ。


 扉がノックされ、使者の到着を知らされた。

 扉を開ける執事。

 入室した使者を目にして、侯爵、夫人、マイラは固まる。


 使者として訪れたのは、正装したフレーデリックだった。

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