第45話 結婚の挨拶

 寄り添いあったまま幸せな時間が止まればいいのに。


 永遠にこの想いを感じていたい。フレーデリックから離れ難くて寄り添っていたが、甘い時間はおしまいとばかりにフレーデリックが動き、二人に僅かな距離ができた。


「マイラに結婚を申し込み、了承を得たと侯爵に伝えなければ」


 穏やかな顔と口ぶりに、現実に引き戻されたが、両親から許可をもらわなければならない。


 本来ならカレンベルク邸に王室の使者が訪問し、国王から預かった書簡を侯爵に渡し、了承されたら婚約となり、結婚へと至る。


 しかし、国王から婚約の申し込みはまだ行われていない。

 フライングでフレーデリックがプロポーズし、マイラも受け入れ、晴れて両思いになれたが、この状況を侯爵にどう説明するかで頭を悩ませている。


「侯爵や夫人になんて説明すればいいだろう」


 マイラにプロポーズしておいて、黙ったまま帰る訳にはいかない。フレーデリック当事者がカレンベルク邸にいるのだから、誠意を持って話し合いをするべきだと、わかってはいるが。


 マイラが何か言いたそうにしているのに気づき、視線を合わせる。


「あのね……」






 サロンから出ると、サロンから離れた位置に執事が立っている。フレーデリックの姿を認めると歩み寄り、一礼する。


「殿下、話し合いは終わりましたか?」

「ああ。侯爵と夫人は?」

「食堂にいらっしゃいます」

「侯爵と夫人に話したい事がある。サロンへ来てもらえないだろうか?」

「承知いたしました」


 執事は一礼し、食堂へ向かう。フレーデリックはサロンに戻り、マイラと共に侯爵夫妻が来るのを待つ。


 侯爵夫妻がサロンに入って来た。フレーデリックとマイラは立ったまま二人を迎えた。マイラは緊張して無表情になっている。


「殿下、どうぞお座りください」


 侯爵に促されてフレーデリックとマイラが座り、侯爵と夫人も座る。メイドが紅茶を置くと一礼して退室した。


 サロンは四人だけとなり、どことなく緊張感が漂う。


「私どもに話があると聞きました。お聞かせください」


 口火を切ったのは侯爵だ。フレーデリックから話を振られると思っていたが、張り詰めた空気を纏い、黙ったままだ。


 侯爵は話しやすい雰囲気にしようと努めたらしく、朗らかな口調で言葉を紡ぐ。


「マイラの誤解も解決しましたか?」


「ああ、誤解は解けた」


 少し遅れて返事をしたフレーデリックに夫妻は顔を見合わせている。


「こう……いえ……お父様、お母様、マイラ嬢を幸せにします。結婚させてください!!」


 言い終えると勢いよく頭を下げた。


(やっと言えた! 緊張で心臓が飛び出るかと思った)


 やっとの思いで紡いだ言葉を、夫妻は受け入れてくれるだろうか。侯爵と夫人に目を合わせると、二人は呆然としている。


 極度の緊張で自分が発した言葉を覚えていないフレーデリックは、失礼な事を言ってしまったのかと、マイラを見るが、頬を赤くし目を伏せており、フレーデリックの視線に気づいていない。


 





 一時間ほど前にマイラと交わした言葉を思い出す。


「あのね、この世界には当てはまらないかもだけど、日本ではプロポーズしたら親に結婚の報告と挨拶をするの」

「報告? 挨拶? いつすればいいんだ?」

「お父様とお母様をサロンにお呼びして報告するの」

「え!? 今から挨拶するのか!?」


 驚きと戸惑いが入り混じった表情を浮かべている。


「私たちの話し合いが終われば、お父様とお母様がここに来ると思うわ。話し合いの結果も知りたいだろうし」


 突然の事に戸惑うフレーデリックだが、挨拶は大事だと腹を括る。だが、結婚の挨拶など知る由もない。


「結婚の挨拶って、どうするの? 僕、犬だったから、さっぱりわからないよ」

「うーん、私も詳しくないけど、こう言えば間違いないはず」








(マイラぁ、これで間違いなしって言ったよね? 顔を赤らめて俯かれても困るんだけど。フォローとか、ないの?)


 態度には表さないが、呆然とする夫妻と俯いたマイラを見て狼狽える。


 正気に戻った侯爵がフレーデリックを凝視した。


「マイラの誤解が解け、王宮から使者が訪問すると言われると思っていました。それが……まさか殿下にお父様と……お父様と呼ばれ、殿下から……結婚の申し込みを……される……とは……ック」


 言葉を詰まらせた侯爵の顔は見る間に赤く染まり、涙を浮かべて嗚咽を漏らした。驚いて助け舟を得ようと夫人へと視線を移し、瞠目する。


 夫人は鼻と口を両手で覆い、溢れ出る涙が手を伝わり袖口を濡らしていく。


(えっ? あの? 今、どんな状況なんだ!?)


 状況が掴めずに混乱して冷や汗が滲む。


 侯爵は目頭をハンカチで押さえ、時折嗚咽が漏れていたが、高ぶった感情を落ち着けてらしく、大きく息を吐く。


「いや、お見苦しい姿を見せてしまいたな。申し訳ございません」


 潤んだ瞳のままフレーデリックを見上げた。


「殿下自ら結婚を申し出るとは思ってもみませんでした。それよりも、私どもを父と母と呼んで頂けた事に、胸が熱くなりまして、感情が抑えられず……」


 言葉が途切れ、夫人と顔を見合わせ頷き合う。


「今日のことは父上に報告するから、父上が婚約の申し込みをしてくれると思うが、王都と領地、どちらの屋敷に使者を遣わせばいいだろうか?」

「王都の屋敷にお越しいただけますか? 婚約が決まれば何かと忙しくなるでしょう。マイラを王都に連れていきます」

「それも父上に伝えよう。名残惜しいが、そろそろ王宮に戻らなければ。こ……お父様は王宮に戻りますか?」


 お父様と呼ばれて、嬉しいやらこそばゆいやら、侯爵の心境も複雑だ。


「王宮に戻ります」

「なら、転移魔法で帰ろうか」

「はい、お願いいたします」


 フレーデリックが王都に帰る。マイラは一抹の寂しさを覚えた。寂しそうな様子に気づいたフレーデリックは背を丸めて視線を同じ高さに合わせる。


「マイラも王都に来るだろう? すぐに会えるさ」

「はい」


 気持ちを見透かされ、フレーデリックに頭をポンポンと軽く叩かれ、柔らかい笑顔を浮かべた。

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