第31話 顛末

 マイラは汚れを落とすために湯浴みをしている。


(森に現れたフレーデリック様は格好良くて。冒険者たちと交渉も早かったし、クレーメンスもあっという間に確保してくれた。優しい瞳で助けに来たと言ってくれて、嬉しかったの)


 肩まで湯につかり、森での出来事を思い返すと胸が高鳴って仕方がない。


(どうしよう。ドキドキが止まらない。フレーデリック様の香水が香るみたいで落ち着かない)


 顔が熱くなるのを感じ、のぼせる前に浴槽から上がった。









 ボリスは書斎でマイラから聞いた証言とクレーメンスから言質を取り、フレーデリックから説明をしてもらい、事の顛末を便箋に書き綴り魔法で封筒をツバメの姿に変えて父の元へ飛ばした。


 フレーデリックはサロンで紅茶を飲み、くつろいでいる。






 王宮の部屋でカレンベルク侯爵は落ち着かない様子で知らせが届くのを待っている。


 フレーデリックはマイラを見つけてくれただろうか。マイラは無事か、犯人を確保できたのだろうかという思いが頭を占めている。


 フレーデリックが転移魔法でマイラの元へ転移し、そろそろ一時間経つ。


「侯爵」


 声をかけられ振り向くと、国王がいた。


「陛下、申し訳ございません」


 侯爵は膝をつき、謝罪の言葉を述べる。


「侯爵、顔を上げてくれ。そなたが謝る必要はない」

「ですが……」

「儂がいいと言っておる。立ちなさい」


 侯爵は言われた通りに立ち上がり、国王に促されてイスに座る。


「マイラが行方不明になったと聞いた。さぞ心配じゃろう」

「殿下が助けに行ってくださいました」

「ほぅ、なら大丈夫じゃ。フレーデリックアレはマイラが絡むと必死になるからのう」


 侯爵はボリスの魔力を感じ取り、窓に近づき、開ける。スイッとツバメが部屋に入り、侯爵の手のひらでツバメが手紙へと変わる。


「陛下、息子からの手紙です」


 事の顛末が書かれているだろうと察し、侯爵は先に国王が読むべきだとボリスの手紙を差し出した。

 受け取った国王は開封し、綴られた文字を目で追う。


「……何と!! なんてバカなことをしたのじゃ!!」


 国王は侯爵に手紙を渡す。侯爵も手紙に目を通すと手が激しく震え、口が開いた。


「――――――陛下!!」


 侯爵は叫んだ。


「近衛騎士団長を呼べ! 早く!!」

「はっ!」


 控えていた近衛騎士は団長を呼びに走り出した。 









 マイラはドレスを着せてもらい、髪を結われた。今は化粧をしてもらっている。


 青みがかったライラック色にリラ色のメッシュが入る髪色に似合う淡いピンクの清楚なドレス。


 派手な色を好まなかったマイラのドレスは、淡く上品な色合いが多い。


 湯浴みで土埃から解放され、瑞々しいフローラルフルーティーの香りをほんのりと纏わせ、気持ちを落ち着けたいところだが。


 サロンにフレーデリックがいると聞いた。


『あなたを守る』


 言葉通りにフレーデリックは攫われたマイラを助けに来てくれた。


(攫われて、どこにいるかもわからない筈なのに、フレーデリック様はどうやって私の居場所を特定できたのかしら?)


 ベージュピンクの口紅を塗り終えた。






 宮殿を離れて半年が過ぎた。

 フレーデリックとどう接していいのかと、身構えてしまう。


 宮殿と同じように接するべきか、侯爵令嬢として礼儀を重んじるか。


 考えれば考えるほど、わからなくなる。同時に胸が高鳴り緊張感が増す。



 マイラは罪悪感を抱えていた。あの日、両親が迎えに来て、感情に流されるまま宮殿を後にした。


 かわいがってくれた国王、福の生まれ変わりであるフレーデリック、親身になって向き合ってくれたカルラとニーナ。


 きちんとお別れの挨拶もせず、宮殿を去ったのだ。人の思いを踏みにじってしまったと、マイラは激しく後悔している。

 

 届くことはないが、毎日心の中で謝罪していた。自己満足でしかないと、理解していても。






 身なりが整い、フレーデリックと対面する。

 申し訳ない思いが波のように押し寄せる。フレーデリックに会うのが怖い。


(恩知らずと思われているよね。そう思われても仕方がないことを、私はしてしまったから)


 体の震えが止まらない。うつ向き腕を抱えて背を丸める。心から謝罪しても許されないだろうと、マイラは思っている。


(きちんと謝罪しなきゃ。二度と会えなくなる前に)


 両親から王族に関わらなくていいと言われた。

 王宮で行われる舞踏会も参加しないだろう。社交界から離れ、領地で静かに過ごしていくのだから。




「マイラ様、準備が整いました。参りましょう」


 侍女のコルティナが声をかけ、促されるまま部屋を出た。


 廊下を歩くたびに心臓が波打つ。サロンの扉の前で立ち止まる。


 鼓動に合わせて体が揺れる。呼吸も早まり、息苦しさを感じた。


 コルティナが扉をノックすると、すぐに開かれた。マイラは俯いて目をギュッと閉じてしまった。

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