第21話 木洩れ日の下で

 キラキラと木洩れ日が降り注ぐなか、おいしいスイーツと香り高い紅茶で三人の話は弾む。




「今日は外でお茶会か?」


 後ろから声をかけられたのと同時に、腕が伸びてきてマイラはイスごと抱きしめられた。


「!?」


 何が起きたのか理解できないマイラは固まっている。


「誰だかわからない?」


 声の主はマイラの耳元で囁く。甘さを含む声とかかる息の温かさに、マイラの背筋にゾワッとするものが走る。


(何?? 何が起きたの?)


 静かにパニック状態に陥って無表情になっているマイラに、嗅いだことがある香りが鼻腔をくすぐる。


(この香りって……)


「フレーデリック様! おやめください」


 カルラが咎める視線を投げた。不穏な空気を感じ取ったフレーデリックは慌てて腕を解き、両手をを上げて降参のポーズをとる。


「この時間は執務中ですよねぇ〜、どうされました?」


 キョトンとしてニーナが聞く。両手を降ろし咳払いをして、握りこぶしを口元に当てたまま口を開く。


「陛下がこれでもかっと書類を増やしてくれて、目がショボショボするから、気分転換にマイラの部屋に行ったらいなくてさ、外にいるマイラが窓から見えたんだ」


 フレーデリックはマイラに顔を近づける。


(ちょっ、近い、近いから)


 顔が近づくとマイラも距離を取りながら体が横にずれていく。


「僕も混ぜて」


 これ以上ずれたらイスから落ちそうなところまで追い込まれたマイラに、容赦なく顔を近づけるフレーデリック。


 間近で色が変わる瞳に見つめられている。照れているのか、懇願しているような眼差しに、マイラの心臓が跳ねる。


「ダメかな?」


 福が鼻を鳴らしているときの表情と重なり、言葉に詰まる。イスは三脚しかない。新たにイスを用意するとなると時間がかかる。


(今日はお断りしよう)


「すみません、イスがないので……」


 断るつもりで口を開いたマイラに、フレーデリックは笑顔を浮かべた。


「イスがなくても大丈夫だよ」


(うん? 大丈夫って? ……わぁ、何ごと!?)


 フレーデリックはマイラを抱き上げ、イスに座る。マイラはフレーデリックの膝の上に座る格好になっており、呆気にとられていると、右手で背中を支えられていると気づいた。


 色変わりする瞳は機嫌がよさそうに細められた。


 いつの間にかフレーデリックの膝の上に乗せられたと気づいたマイラは顔を上げると目の前に光の加減で虹彩の色が変わる瞳が忙しく色を変えながらマイラの姿を映す。


(色変わりする瞳に私が映っている。なら、私の瞳には……)


 胸が高鳴り、鼓動が伝わってしまったらと思うと恥ずかしくなり、俯いてしまう。


「この姿勢で辛くない? 座り心地とか、大丈夫?」


 右手でマイラの背中を支え、膝の上に座らせているフレーデリックは俯いてしまった愛しい人を気遣う。


「え、えっと」


(座り心地は……悪くない、かも。私の居場所はここなんですか? そうですか)


 羞恥心で微妙な顔をしているマイラに、ちょっと強引だったかと、背中がヒヤリとした。


 マイラは微妙な表情のままカルラとニーナに視線を送る。


 カルラは信じられないという表情でフォークを咥えたまま固まっている。

 ニーナは頬を赤くし、目を潤ませて両手で口を押さえていた。


(二人の反応が……)


 二人の相反する反応が何を表しているのか、読めないマイラは遠い目をしている。


「あのー、フレーデリック様?」

「イスが足りないんだろ? 僕がお茶会に参加するなら、こうするしかないよね?」


 マイラの体をしっかりと支え、逃げ出せなくして、柔らかくほほ笑む。


(え〜、何でそうなるの?)


 逃げたくても逃げられない状況と、言葉を尽くしても無駄だと理解したマイラはため息をつく。これ以上考えると、キャパオーバーになる。


(もう、考えない。なるようになるよね)


 マイラは鈍感力を発揮してお茶会に挑む。


 紅茶を飲もうと右手を伸ばし、ティーカップを持ち紅茶を飲んだ。


 マイラの前に食べようとしたらしい、イチゴがフォークに刺さっている。気づいたフレーデリックは流し目でマイラを見つめる。


 人によって捉え方は違うだろうが、フレーデリックの流し目は独占欲とほんのりと色気を含んでいると感じさせる。


 流し目に気づいたカルラの眉間にシワが寄り、目が吊り上がる。


 ニーナは潤んだ目を大きく見開き、頬の赤みが増し、尊いものを見る眼差しで二人を見ている。


 考えることを放棄したマイラはキョトンとしていた。


 

 一番伝わってほしい人には伝わらず、外野が反応を示す。


(カルラは反応しなくていいから。ニーナ……君は僕たちを違う目で見ていないか? なぜ、マイラに伝わらないんだろう……)


 アプローチしているのに、伝わらないもどかしさに、一抹の寂しさを覚える。


(なら、甘えてみるか。今度は伝わるよね?)


「マイラ、イチゴを食べさせて?」


 耳元で甘く囁いてみた。

 囁かれたマイラの背筋にゾクリと悪寒らしきものが走る。


(おぉぅ? びっくりした。背筋がゾクッてなったよ)


 囁いた後は上目遣いで念押しする。グリーンの瞳は甘える少年のようで。


 上目遣いをされて、黒柴犬の福を思い出す。福は甘えたいときは上目遣いで鼻を鳴らし、茉依の気を引こうとしていた。


(フレーデリック様は人なのに、福と重なって見えるのは気のせいかな? まぁ、福の生まれ変わりだし、重なっても不思議じゃないか)


 少年のような、大人のような。不思議な雰囲気をまとう美貌の顔をいかんなく発揮している……が。


 マイラが美貌の顔を黒柴犬と重ねているなど、フレーデリックすら思っていないだろう。


「はわわぁ〜」


 口元を押さえていたニーナから、感嘆なのかため息なのか、声が漏れた。恋愛小説みたいな甘いやり取りが繰り広げられている。


 二人の一挙手一投足を見逃さないとばかりに目を離さずにいる。


 マイラは右手でフォークを持ち、フレーデリックに差し出した。イチゴを食べさせてもらえて、嬉しそうに咀嚼する。


(整った顔立ちに不思議な瞳。福の記憶を持つ人に、僕のものって言われたんだよねぇ。私はものじゃないけれど)


 マイラはフォークを握り、ぼんやりと考えていた。

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