第7話 婚約破棄と結婚の打診

 食堂まで案内してくれた侍女にお礼を述べ、食堂へ入ると、国王とフレーデリックがすでに座って待っていた。


 広く長いテーブルと幾つもの椅子が並べられている。どこに座ればいいのか、戸惑っているとフレーデリックが手を振ってくれた。


「マイラ嬢、僕の隣においで」

「待ちなさい。マイラは儂の右隣じゃ」


 どちらも隣に座れと言われ、マイラは面食らった。この場合は国王の右隣に座るのがいいと判断する。


 不服そうなフレーデリックは口をへの字に結ぶが、マイラが正面にいるからいいやと気持ちを切り替えた。


「愚息が魅了魔法にかかっていたとはいえ、酷い行いをした。申し訳なかった。改めて正式に謝罪の場を設けるので、侯爵夫妻と共に登城してほしい」

「はい」


 国王から謝罪され、マイラは驚きを隠せなかった。断罪され、悪意のある言葉を矢のように受け、怖い思いもしたが、元王太子と縁が切れて良かったと思っている。


 国王に気に病んでほしくはないが、どう伝えたらいいのかと、苦慮している。




 国王が合図をすると使用人たちは食器を並べ始めた。準備が整い、前菜が運ばれ、テーブルに並べられる。


 野菜のテリーヌだ。

 オクラやヤングコーンの切り口が星や花に見えて可愛らしく、人参、インゲン、ミニトマトがところ狭しと並び、色を添えている。


 まるでベネチアングラスみたいな美しさだ。高級感あふれる料理に見惚れていると、国王とフレーデリックは食事を始めた。


(西洋料理? いや、ファーレンホルスト料理になるのかな。ナイフとフォークを使う料理なんて、食べたことがないから、マナーがわかんない)


 マイラは前菜を眺めるだけで、ナイフとフォークを持つ気配がない。

 料理に手をつけないマイラを国王は心配そうに声をかける。


「食べないのか。体調が悪いか?」


(うぅ、食べ方がわからないなんて、恥ずかしくて言えない)


「いえ、大丈夫です」


 答えている間にナイフとフォークを持ち、テリーヌにナイフを入れた。


(あれ? ちゃんと使える)


 マイラの記憶がマナーを教えてくれた。これで安心して食べられる。小さく切り分け、口に運ぶ。


(ん、おいしい。こんなにおいしい料理は初めて食べるわ)


 マイラの様子を伺っていた国王は、いつもより表情が乏しいと感じたが、料理を口に運ぶ姿に安心し、食事を続けた。


 食べ終えるとポタージュが置かれた。スプーンで口に流し込むと、なめらかでサラリと消えていく。


 魚料理は華やかだ。ピンクやオレンジのソースで曲線を描いた上に切身の焼魚を乗せ、野菜とハーブが添えられている。


 口直しのソルベの次は肉料理で。

 二枚の肉を囲むように間隔を開け、ソテーされたアスパラガス、蒸し煮のカブ、人参のグラッセで彩りがよく、クレソンやラディッシュで繊細な盛り付けが目を楽しませてくれる。

 

 美しい料理を食べるのがもったいないと思いつつ舌鼓を打つ。デザートも食べ終わり、マイラは夢のような時間を過ごした。


(美しくて、おいしい料理があるなんて、知らなかったわ)


 うっとりと食事の余韻に浸っている。


 茉依だった時は自炊やコンビニで間に合わせており、華やかな食事は眼福の極みだった。


 食後の紅茶を置かれたあと、使用人たちは食堂から下がり、三人だけとなる。


 国王は居住まいを正し、表情を引き締めてマイラと向き合う。


「さて、マイラよ。フレーデリックがそなたと結婚したいと言っておるが、どう思う?」


 口を開いたと思ったら直球で告げられ、思考が停止する。マイラは半日ほど前に、見世物の如く婚約破棄されたばかりだ。


 双子の兄である元王太子に婚約を破棄され、今度は双子の弟であるフレーデリックとの結婚を打診されている。


 マイラは大変困惑しているが、表情が乏しいので反応が薄いと思われたらしい。


 付き合う事も、婚約もすっ飛ばし、結婚の打診とは、誰でも困惑するだろう。


 婚約破棄で傷ついているわけではない。マイラも元王太子など、何とも思っていないから問題はない。


 しかし、フレーデリックと結婚するなら話が違ってくる。


 姿はマイラだ。だが、中身は日本出身の空気が読めないアラサーだ。国王が知るマイラはもういない。


(陛下に話しても大丈夫なのかな? 信じてもらえなかったら、どうしよう。不敬罪になるのかな?)


 不敬罪という言葉が頭をよぎり、背筋が寒くなる。

 民主主義の国、日本で生まれ育った茉依の価値観と、身分制度があるファーレンホルスト王国の頂点である王室の価値観の違いは、日本一高い富士山の頂から日本一深い駿河湾の海底くらい、違うだろう。


 国王の不興を買えば、どんな罰が下されるのか、思いつかない。

 かといって、このまま黙っていても良くないと、マイラは意を決して口を開く。


「あっ、あのね。えっと、なんて言えばいいのかな……」


 マイラの体で目覚めた経緯をどう説明すれば、正確に理解してもらえるのか。


 いざ話すとなると、言葉に詰まり、不安が押し寄せる。


「やっぱり茉依だ!! 茉依、僕だよ」


 フレーデリックの瞳が輝き、ガタリと音を立てて立ち上がり、急いでマイラのもとへ行こうと歩き出した。


 改めて見るフレーデリックは背が高い。肩幅が広く、王子というよりも騎士に見える。

 凛とした気品と勇ましさも兼ね備えている。


 パーティー会場で肩を掴まれた手は、努力を重ねてできた男性の手だと感じたことを思い出す。


「待て」


 フレーデリックの動きがピタリと止まる。


「フレーデリック、戻りなさい」


 国王の指示に従い、しょんぼりと項垂れて戻って行った。


「昔話になるが、聞いてくれるか?」

「あ、はい」


 マイラが頷くと、国王は話しだす。


 フォルクハルトとフレーデリックは幼い頃から仲が悪く、顔を合わせる度にケンカになるほどだった。


 フォルクハルトがフレーデリックを挑発し、ケンカになればフレーデリックが勝ち、フォルクハルトとの溝が深まるばかりで。


 ある日、ケンカ中にフレーデリックが魔力を暴走させ、大騒動になった。

 このままだとフォルクハルトの命に関わると、魔導師に忠告される。


 膨大な魔力を持って生まれたフレーデリックを、魔法の先進国であるケッセルリング王国に留学させてはどうかと魔導師に言われたが、手元に置きたい思いが強く、なかなか決心がつかない。


 フォルクハルトとフレーデリック、どちらを王太子にするかで貴族たちの意見が分かれ、政と継承権の重圧に心身ともに疲弊していた時に、フレーデリックが口にした。


『僕は犬の生まれ変わりなんだ。飼い主の生まれ変わりを探して、そばにいたいんだ』


 王子が犬の生まれ変わりなどと言う。この子には国を任せられないと決めつけ、留学させた。


 フォルクハルトより学業優秀で、決して自分からケンカを仕掛けなかったフレーデリックを手放してしまったのだ。



 国王は深い苦悩を浮かべて過去を振り返る。


「フォルクハルトがあれほど愚か者だと気づかなかった儂も、愚かな王だ」


 国王は自戒の念を込めて呟いた。

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