第47話 「特等席」
放課後の空気は、ほんの少し冷たくなってきた。
季節は巡り秋。
俺たちが待ち合わせたのは、駅から少し離れた静かな公園。ベンチに並んで座ると、目の前の並木道がゆっくりと夕焼けに染まりはじめていた。
「……すっかり秋だな」
俺が何気なくつぶやくと、隣で透華が小さく頷いた。
「ええ。気づけば、葉っぱも色づいてきたわね」
その言葉に、自然と目を向けた先の木々の葉が、黄色や赤に染まり始めているのに気づく。
あっという間に季節は移り変わっていく。
春に出会って、夏に距離を縮めて、今、秋。
俺たちは季節と一緒に変わってきたんだなと、なんとなく思った。
「……ねえ、悠斗」
透華がぽつりと口を開く。視線は遠くの空のほうを見ている。
「ん?」
「秋って……少し寂しくならない?」
「寂しい、か」
俺は隣の透華の顔をちらりと見る。表情はどこか儚げで、でも穏やかだった。
「夕焼け見ると、なんとなくセンチメンタルになるっていうか。……まあ、嫌いじゃないけどな」
「ふふっ、意外と詩的なこと言うのね」
「お前が言わせてんだよ」
「どういうことかしら?」
「……っ、いいんだよ忘れろ忘れろ」
そう言って笑うと、透華も目を細めて笑った。言葉は少なかったけど、それで充分だった。
しばらく風の音と遠くの電車の走る音だけがふたりの間を満たしていた。穏やかで、静かで、心地よい沈黙。
俺たちが積み重ねてきた時間の上にこのような関係性が生まれている、それで十分だった。
でも、次に透華が口にした言葉で、空気が少しだけ変わった。
「……最近、学校でも進路の話が出始めてるでしょう?」
「うん。担任に、“そろそろ考えとけ”って釘刺されたばかりだよ」
「悠斗は……将来、どんなふうに生きたいの?」
思ってもいなかった真面目な質問に、俺は一瞬言葉を詰まらせる。
将来のことなんて、正直まだ漠然としている。明日さえ確かなものじゃないのに、何年先の自分なんて描けるはずもない。それでも——
「……まだ具体的に決まってるわけじゃないけどさ。自分で選んだ道を、ちゃんと歩いていけるような人間にはなりたいって思ってる」
「そっか……それ、悠斗らしいわね」
そう言って、透華は少しだけ笑った。その横顔が夕日に照らされて、妙に綺麗に見えた。
「透華は?」
今度は俺から尋ねると、透華は静かに前を見たまま、口を開いた。
「……私は、もう“特別”じゃなくていいと思ってるの。誰かの期待に応えてばかりの生き方は、もうやめようって」
「……」
「今はただ、誰かと並んで歩ける人生がいいなって思う。特別じゃなくてもいいから、ちゃんと、自分の足で隣を歩けるような……そんな生き方がしたい」
その言葉が、じんわりと心に染みてきた。
ずっと“茨姫”と呼ばれていた透華。
その肩にのしかかっていたものを、俺は全部知っているわけじゃない。
でも、今こうして隣で“普通でいい”と言う彼女の声には、確かな覚悟がにじんでいた。
そして今まで彼女と関わってきた事が、時間が無駄じゃないってそう思えた。
だから、俺は照れ隠し混じりに言った。
「……じゃあ俺、お前のとなりの枠、空けといてもらえる?」
透華は一瞬顔をそらした。少し間をおいて、こちらを見返す。
「……枠をあけるとかじゃなくて……すでにもうあなたがいるじゃない?」
「……」
「私の隣はあなたの特等席よ」
そう言って彼女はいたずらっぽく笑った。
そんな彼女の妖艶な笑みに思わず俺は見惚れてしまった。
そしてそのズルいくらいに真っ直ぐなその言葉に、胸がドクンと鳴った。まるで心臓が跳ね上がったみたいに。
「……ずるい、それ」
「ふふ、知ってる」
透華が小さく笑った。その笑顔は、今まで見た中でいちばん自然で、あたたかかった。
誰かと未来を話すのが、こんなにも心強くて、嬉しいことだとは思わなかった。
「……また未来の話、しような」
俺がそう言うと、透華はうなずいた。
「うん。……きっと、何度でも」
秋風がふたりの間を通り抜けていく。
けれどその風に、寂しさはなかった。ただ、隣に彼女がいる。それだけで——今は、充分だった。
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