第37話 「この気持ちは」
放課後、校門を出ようとしたところでスマホが震えた。
『今日も少し話せる?』
送信者は、透華だった。
ほんの数か月前まで、こんなメッセージが彼女から来る日が来るなんて思いもしなかった。
しかも、“今日も”って。俺たち、もうだいぶ自然に連絡を取り合ってる。なんか、すごい。
『もちろん』とだけ返して、急いで足を目的地へ向けた。
******
待ち合わせ場所は、いつもの公園。放課後は人通りが減っていて、話をするにはちょうどいい。
透華は、もうベンチに座っていた。制服姿のまま、背筋をまっすぐ伸ばして、足を軽く組んでいる。相変わらず絵になる姿だ。
俺を見つけると、小さく手を上げた。
「……来てくれて、ありがとう」
「何言ってんだ、誘ったのはそっちだろ」
そう返すと、透華は「そうね」と口元をゆるめた。
ほんの数ヶ月前、彼女がこんなふうに“誰かを待つ”なんて想像できなかった。人と関わることに慎重で、常に冷静だった透華が——今は、こうして俺を待ってくれている。
「最近、放課後のこれがちょっとした習慣になってる気がするな」
「……そうね。私も、そんな気がしてる」
透華は視線を前に向け、木々の隙間から漏れる夕焼けを見つめる。
「ねえ、悠斗」
不意に名前を呼ばれて、少しだけ心臓が跳ねた。
「ん?」
「こうやって、毎日会いたくなるのって……友達でも、よくあること?」
俺は一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。
「……え?」
「だって、私は……今、そう思ってるのよ。学校が終わったら、あなたに会いたいって。話がしたいって、自然に思ってる」
透華の声は穏やかで、真剣だった。だけど、どこか迷いがにじんでいる。
「それって、普通のことなの? 友達でも、そう思うものなの?」
俺はしばらく言葉を探して、それからようやく口を開いた。
「うーん……まあ、よくあるっちゃあるんじゃね? 仲のいい友達ならさ」
「……そう。なら、よかった」
透華はそう言ったけど、その声はほんの少しだけ沈んでいた。なんとなく、安心したような、でもどこか寂しそうな、そんな感じ。
「でもさ」
俺は、無意識に言葉を継いでいた。
「俺は……お前に会いたくなるのは、“友達だから”ってだけじゃないと思う」
その瞬間、透華の瞳が揺れた。ほんのわずかに、だけど確かに。
だけど、透華は何も言わなかった。ただ、視線を少しだけ下に落とす。
俺も、それ以上は何も言えなかった。
言葉にすれば、何かが変わる気がして。
******
その夜。布団に潜り込んでも、目は冴えていた。
(……透華が、毎日会いたいって言った)
それを「友達として」と言われた。俺も「よくあること」って、流した。
でも——ほんとうに、そうか?
透華が俺に「今日も話せる?」って送ってくるたびに、どれだけ嬉しくなるか。会えたときの安心感。些細なことで笑ってくれたときの、胸の奥の温かさ。
友達って、こうだっけ?
俺が透華にしてきたこと、言ってきたこと、感じてきたこと——全部、「ただの友達」って言葉で片づけられるか?
答えは、たぶん——いや、間違いなく、違う。
「……俺、透華のことが好きなのか」
言葉にした瞬間、心臓が跳ねた。
恥ずかしいとか、怖いとか、そういう感情じゃない。ただ、はっきりと“腑に落ちた”。
透華と一緒にいたい。笑わせたい。隣にいてほしい。触れたい——全部が、ただの友情の延長なんかじゃなかった。
あいつは、“茨姫”なんかじゃない。俺にとっては、ただの氷室透華。めんどくさくて、真面目で、不器用で、可愛い人間だ。
そして、俺は——その氷室透華が、好きだ。
******
(でも、今はまだ……)
布団の中で、スマホを握りしめる。
今日も透華からは短いメッセージが来ていた。『今日はありがとう。また明日』
その文面に、いつもより少しだけ“素”を感じた気がした。
『ああ、またな』
そう返して、画面を閉じる。
……焦る必要はない。
透華のペースで、少しずつ。
でも、俺はもう気づいてしまった。
この気持ちは——友情なんかじゃない。
これは、好きだって気持ちだ。
きっと、透華も——どこかで気づきかけてる。
そう信じて、明日を待つことにした。
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