第33話 「少しずつ近くに」

『今日も、少しだけ話せる?』


 放課後、スマホの通知に目を落とすと、そこには短くも率直な一文が届いていた。

 差出人はもちろん、氷室透華。


 文面は簡潔なのに、なんでだろうな。胸の奥がちょっとだけ熱くなる。

 理由は何も書いてないけど、「会いたい」と言ってくれてるようにしか思えなかった。


 待ち合わせは公園。

 俺が到着したとき、透華はすでにベンチに腰掛けていた。制服姿のまま、カバンを膝に置き、どこかぼんやりと空を見上げている。


「……よっ、待たせた?」


「ううん。ちょうど今来たところ」


 その言い回し、もう慣れた。

 どう考えても俺より早く着いてるくせに、そう言ってくるとこ。

 絶対10分以上前には来てただろ。


「ほら、これ」


 手に持っていたコンビニ袋から、アイスを取り出して渡す。

 ストロベリーとバニラ。選ばせたら、やっぱり透華はストロベリーを選んだ。


「ありがとう。いただくわ」


 それだけ言って、カサカサと包みを剥がす。その手つきも、姿勢も、どこか品がある。

 

 ……なのに今はこうして並んで、アイスをかじってる。なんだろうな、この不思議な距離感。


「それ、結構好きだよな。ストロベリー」


「……別に、そこまでじゃないけど。落ち着くの」


 その一言が、ちょっとだけ嬉しくて、ストロベリーが落ち着くってなんだ?と思い笑ってしまった。


 しばらく無言のまま、アイスを食べ続けた。

 でも、不思議と気まずくない。透華との沈黙って、こう……居心地がいい。


「ねえ、悠斗」


「ん?」


「最近、私……変わったと思う?」


 視線はアイスに落としたまま、少し考えてから答える。


「うん、変わったと思う。……でも、それは悪い意味じゃない。むしろ今の透華の方が、話しやすくて、俺は好きだな」


 俺の言葉に、透華は少しだけ驚いたような表情を見せた。

 でもすぐに視線をそらして、アイスをもう一口。


「……ありがとう」


 その声が、少しだけ震えていた気がしたのは、気のせいじゃないと思う。


「な、聞いていいか?」


「なに?」


「もし俺と出会ってなかったら、透華は今どうなってたと思う?」


「きっと、今も“氷室透華”を演じてたと思う」


その言葉は、どこか寂しそうで、でもはっきりしていて。


「でも、今はもう……演じてないかもしれない」


「……え?」


「あなたと一緒にいるときの私は、“演じてる”って感じがしないのよ」


そんなふうに思ってくれてるなんて。


「そっか。……それって、すげぇことだよな」


「そうね。……私自身、ちょっとびっくりしてる」


 俺たちは、それ以上何も言わずに、ぼんやりと空を見上げた。

 ゆっくりと雲が流れていく、夕暮れ前の空。

 少しだけ風が涼しくなってきた。


「……こんなふうに、誰かと一緒にいられるなんて、思ってなかった」


 ぽつりと透華が言ったその声は、とても静かだった。


「俺のおかげだな」


「ふふっ……たまには、認めてあげる」


 笑った。


 俺の隣で、透華が、ちゃんと笑ってくれた。


 そんなの、なんかもう、それだけで今日来て良かったって思える。


 信号を渡るとき、透華が俺の袖を少しだけつまんだ。


「ん?」


「……また、会ってくれるわよね?」


 その声は、少しだけ不安そうだった。


「バカ、当たり前だろ」


 俺は、何のためらいもなくそう言った。


 透華の口元が、ふわっと緩んだ。


 それを見て、俺の胸もまた、ゆっくりとあたたかくなった。




 ******



 


 ――こういうのが、たぶん“特別”ってやつなんだろうな。


 今なら、そう思える。何もかも、ゆっくりだけど、ちゃんと変わってきてる。俺たちの距離も、気持ちも。


 透華とこうして並んで歩くことが、もう当たり前みたいになっていて、それが、なんかちょっとだけ誇らしい。


 少し先を歩く彼女の背中が、今日もなんだか、少しだけ近く感じた。


 

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