グッバイ
赤城ハル
私がアイドルを辞める時
アイドルにとって大事なレッスンといえば歌とダンス──と思われるだろうが、実際にはダンスと表現力。
表現力はMVとかでとても大切な技術。他にもテレビのバラエティでも大切。
もちろん、歌うことも大切だ。
アイドルだから歌ってなんぼ。
けれど、それはセンターであって、後方組は歌なんてものは無縁。
初めはいつかはきっと私もなんて淡い期待をしてレッスンをしていたけど、
小さい会社……というか事務所だからだろうか。……なんて事務所のせいにしたりもした。
何十人もいるグループアイドルは全員が同じ事務所というわけではない。色んな事務所からの寄せ集め。
事務所にも色々ある。大手から小さいところまで。
私は小さい会社に所属しているアイドル。コンクリビル一室に事務所がある。
◯
女が美しく輝く時期は限られている。
旬を過ぎればただの枯れ木。
ただ輝かしい若さに埋もれるなら、いっそ辞めればいい。
そう辞めればいい。
すぐには辞められない。
スケジュールがあるんだ。決まった仕事を投げ出すことは出来ない。
だから辞める前にはマネージャーに相談する。
1度目は説得させられた。
2度目はなんとか辞める意志を伝えたが、無理矢理保留という形になった。
枯れ木になった時、マネージャーの陰口を聞いた。
「アイドルを引退しろって言ってるんですけどね。どうしても続けたいらしくてさー」
私は前に出た。
挨拶をして、その後、マネージャーに聞いていたと言った。そして辞めることを伝えた。
マネージャーは苦虫を噛んだような顔をした。
そして諭すように説教を始めた。
社会だの、女が生きていくにはだの、大人はだの、世の中の流れとか、まるで自分は社会の隅という隅まで知り、私に手を貸してやっているという上から目線。
マジでウザかった。
気持ち悪かった。
マネージャーとの仲が悪くなった。もともと仲は良くなかったけど。
それから、マネージャーがある指示をしてきた。
枕だ。
ホテル、天蓋付きのベッド、ふかふかの布団。
アイドル辞める人間に枕仕事を持ってきてどうするというのか。
いや、これはもう大事にはされないというのか?
だから雑に扱う。
汚れても構わないだろうと。
最後に大きな仕事をとってこいと。
会社のために人肌脱いでこいと。
ざけんな!
私は断った。
そのせいでスポンサー側はブチギレた。
仕事がなくなった。
私だけでなく、会社が関わったもの全て。
会社の役員である上司もマネージャーもブチギレ。
でも、私もブチギレだ!
会議室では怒鳴り合った。
「会社がどうなるか分かってるのか?」
「知るか!」
「契約違反だぞ!」
「枕営業の拒否が契約違反になるか!」
「会社の損失をどう責任取る?」
「お前がとれ!」
顔を赤くした役員はマネージャーに契約書を出せと言う。
それでマネージャーはファイルから、とあるプリントを1枚抜き取って、役員に渡す。
それはかつて私がサインした契約書。
「ここには会社が取った仕事をお前が拒否することなく引き受けると書いてある」
「だから何?」
「仕事に文句を言うなということだ!」
「文句言うわ!」
私は即答した。
「なんでもするわけではない! 職業選択の自由を無視するな!」
私はテーブルを叩いた。
「出るとこ出ても構いませんよ。法廷で私は枕営業を強要されたと言いますから。そうなればどうなる!?」
私はもう一度テーブルを叩いた。
「そ、そんなことをしたらもうこの
「戻るつもりはねえよ!」
最後にヤンキーのような啖呵切って、会議室を出て行った。
小さな事務所。廊下は細く、会議室を出るとすぐにスタッフ達のデスクが並ぶ部屋がある。
静まり返っていた。
まるで目線をこちらに向けないように。
聞いていたのだろう。
互いに罵り合っていた。
私は部屋を出る。エレベーターのボタンを押して、じっと待つ。
チンと音が鳴った後、ドアが開く。
後輩達が出てきた。
私の顔を見て、驚いた顔をする後輩達。
そして首を下げて、おはようございますと挨拶をしてすぐに私の隣を通り抜ける。
◯
寄り道もせずにマンションに直行。
床に座り、ベッドの上に組んだ両腕を置いて、その上に顔を置く。
これからどうするのか?
もうアイドルは辞める。
会社も辞めたも同然。
だが、契約書がある。
一応、弁護士に相談すべきだろうか?
スマホで『弁護士 相談 芸能界』と調べる。
すぐに検索がヒット。『相談無料。〇〇弁護士』、『アイドル詐欺、相談はこちらに』、『天下無双。絶対に勝ちます』という謳い文句が並んでいた。
ここはやはりマップから近場の弁護士事務所を探した方が無難だろうか。
そこで後輩から通話がかかってきた。
「もしもし」
『先輩、何があったんですか? 事務所がまるでお通夜ですよ。なんかマネージャーも事務的なことしか言わないし』
「私、辞めるわ」
『ええっ!? 急になんで?』
「急ではない。前から言ってた。とにかくマジで辞める」
『何かあったんですか?』
「色々」
◯
その後、弁護士には相談に行った。訴えるわけではないが、むこうの出方次第では訴訟も視野に入れるつもり。
仕事は全部切った。
まあ、事務所から文句の一つもないということは、後輩が代役を務めたのだろう。
私でなくても問題がないのは少し寂しい。
替えは誰でも良かった。
来週に実家に帰るという時にマネージャーから電話が。
一度ちゃんと話し合おうというもの。
私が嫌だと断ると、なぜかしつこく話し合うべきだと、事務所へくるように誘ってきた。
事務所になんて行きたくないと強く断るとマネージャーから思わぬ言葉が出た。
『このまま辞めるとお前は枕営業で心を病んでしまったということになるぞ』
「はあ?」
『いいのか?』
「何言ってんの?」
本当にこの男は何を言っているのか?
そりゃあ、確かに枕営業が最後の引き金であったが。私が辞めることは前から知っていたはず。
『そんな噂が流れたまま辞めたくないだろ? な?』
その言い方は私は引き留めようとしていること。なんのために?
私にはもうなんの価値もないはず。
『話し合いをした方がいいだろ? お前の今後のためにもさ』
めちゃくちゃだ。
何がお前のためだ。
建前をいうな。
どうせ会社のためだろ。
自分のためだろ。
話し合いも胡散臭くなった。
引き留めるわけではない。きっと口止めするためだ。
そうに違いない。
「会うことはありません。さようなら」
私は通話を切った。
そしてすぐにマネージャーと事務所の連絡先を着信拒否に設定した。
これでよし。
もう煩わしい奴からは通話がかかることはない。
それから私は実家に帰る時期を早めようと決意した。
グッバイ 赤城ハル @akagi-haru
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