『輪』の魔葬具

@ProjectHuehuman

第1話

「はぁ……」

「何よアカホ、ため息なんて吐いて。そんなに演習が不安?」

アカホが窓越しにたゆたう桜色のエーテルを眺めていると、同じ講義を受けている女子に不意に声をかけられた。

彼女は次の時限に行われる演習に使うと思われるリング状の魔葬具を手で遊びながら、アカホの席の横に着席した。

「ううん、そうじゃない。ちょっと別のこと考えてた」

「そ。ところでこの魔葬具まそうぐ見てよ!私の自信作」

彼女はアカホの考えていたことには全く興味を示さず、リングに魔力を込めて人差し指でくるくる回す。

「さあ…姿を見せなさい」

すると、指先からコバルト色の煙が舞い始めた。

煙は空中で踊るように弧を描き、やがておぼろげなシルエットを形成した。

「おお~…」

アカホは煙のシルエットをしばらく眺めていたが、特に変化がなかったのでこれで終了なのだと判断した。

「これってもしかして」

「そう!煙で作ったンマポンちゃん!」

アカホが答えを言う前に彼女にネタばらしされてしまった。ンマポンとは小型の魔物のことである。魔物にしては弱く愛嬌もあるので人気が高い。

「すごー!超カワイイ!」

カワイイ。女の子が何かを適当に褒める時の常套句。

そんな言葉でも、彼女は誇らしげにフフンと鼻を鳴らした。

「でしょ?これならS評価間違いなしだわ。なんてったってかわいいかわいいンマポンを煙でポンポコポンしたんだもの!」

わけの分からないことを自信満々に語る彼女だが、実際にこの魔葬具がどのような評価を受けるかはアカホには予想がつかなかった。

今回の演習のテーマは『芸術的な魔葬具』。

魔葬具とは、魔物から取れる素材から創り、使い手の魔力で作動する道具の事である。魔葬具の形は拳銃のような武器からつっかえ棒のような生活用品まで様々で、素材や創り手によって多彩な姿となる。

そして、この演習では芸術的なものを創って来いとのことだが、何を持って芸術とするかは各々のセンスに任せるらしい。

センス。

アカホの忌避する言葉である。

「アカホは何を創ってきたの?」

「えっと、私は…」

言いかけたところで、講義室の片隅から歓声が上がる。

「すごーい!さすがクロス!」

「天才だわぁ…」

「こっち方面のセンスもあるんだねえ」

また、クロスか。

アカホは内心毒づいた。

輪の中心にいるクロスと呼ばれた少女は、我らがレインシパル魔装学校の開校以来の天才と呼ばれている、アカホの同級生である。

彼女は3つの剣を使ってジャグリングをしていた。

しかし、手を全く動かしていない。どうやら魔葬具の力で全自動でジャグリングをしているようだ。

なるほど、曲芸も芸術の一つである。

ただ、あのクロスが全自動で曲芸をするというある種の無粋さを感じるものを創ってきたとは思えない。

アカホは歓声が起きた本当の正体を見るべくクロスの正面に移動した。

「これは……!」

思わず息を呑んだ。

ジャグリングで出来た剣の弧の中に、立体的な映像が浮かんでいる。

点から面へ、面から地面へ。

地面にエーテルが降り注ぎ、海が出来る。

海から地面が隆起し、大陸が出来る。

海から生命が生まれ…。

最終的には、アカホ達の国の現在の姿…ヒュートリアの立体になった。

取り巻きの輪からさらなる歓声が上がる。

主役は言うまでも無くクロス。

周りはただ、脇役らしく騒ぐだけ。

「…ねえねえ、やっぱりこれってシロナさんとの共作なの?」

その答えは聴くまでも無い、とアカホは思った。クロスには唯一無二の親友にして魔葬具の製作担当であるシロナという子がいる。クロスはただ、素材を集めて、魔葬具が完成したら今みたいにパフォーマンスするだけ。

クロスの凄いところは、素材を集める能力…つまり魔物を倒す、狩りの能力がとてつもなく高いことなのだが。シロナの存在が、彼女の評判を過剰なまでに押し上げている。

アカホは、クロスのそんなところが気に入らなかった。

「…ありゃ凄いねえ」

気がついたらリングの魔葬具を用意していた彼女も隣で見ていた。ちなみにアカホは彼女の名前を知らない。

もしかすると一度聞いたかもしれないが、忘れてしまった。

「ビミョーに私とネタ被りしてるし。ついてないわー」

彼女はお手上げと言う風なジェスチャーをして、リングをポケットにしまった。

リングの魔葬具も悪くない出来だったが、クロスの魔葬具と比べると表現の稚拙さが目立ってしまう。先ほどの光景は、彼女の自信を喪失させるのには十分だった。

その時、輪から離れたところに座っている不良風の男子から気になる会話が聞こえてきて、アカホはそちらに意識を向けた。

「…あいつさぁ…いつも目立ってんじゃン」

「たまんないっすよね、正直」

クロスはその圧倒的な実力で、学園の有名人となっている。

有名人というものには必ずアンチが居るものだが、クロスに対するそれに関しては少々事情の違うところがあった。

クロスは様々な講義で最高評価の『S』をとる優秀な学生だが、講義ごとに最高評価を与えられる人数は決まっているため、彼女と同じ講義を受けたくないという生徒は少なくない。

そういう『奪われる側』の人間はクロスを忌諱している傾向にあり、この男子生徒たちもそうなんだろう、とアカホは想像した。

「いっぺンさぁ…シメてやりてえよなあ」

「そおっすねえ…いやでも、それは無理っすよ」

「なンでよ」

「あいつの強さ、半端ねえっすもん」

通常であれば偉そうな方が『あいつのほうが俺より強いって言うのかよ!?』とか怒る場面だが、そうはならず納得して黙ってしまった。

それほどまでに、クロスの異常なまでの強さは学園内で常識となっていた。

「ならよぉ、どうやってシメるんだよ」

「う~ん…………あ」

手下っぽい方が何か思いついたらしい。アカホは気になってしまい不良らの方に振り向いた。

「おいそこの!その魔葬具を渡せよ」

「ひいっ!!」

急に声をかけられた気弱そうな子は鞭で打たれたように驚いて、手に持っていた筒状の魔葬具を思わず机に落とした。

それを不良の手下がさっと奪いとり、偉そうな側にひらひらと見せる。

「これ、原理はよく分からないけど光芒の魔葬具っすよ。それもまあまあ上等な。ほら」

手下が筒に魔力を込めると、筒から弾ける様に光の粒子が飛び出し、まばらに静止した。

しばらくすると粒子が破裂し、カラフルな閃光を残して消えた。さながら小さな花火であった。

「ふーン、なかなかいいじゃン。お前、いい魔葬具作るな」

「ど、どうも…」

魔葬具を奪われた子がどう反応すべきかといった顔で頭をポリポリかいている。

「なに関心してるんすか!…こいつを使って、クロスの魔葬具を台無しにしてやるんすよ」

手下が急に声をひそめたのでアカホには聞き取り辛かったが、かろうじて聞こえる音量であった。

「いいっすか、こいつの属性は光芒。クロスの魔葬具はいつものごとく闇夜属性っすよね」

「ふぅ~ン。よく分からんけど続けて」

偉そうな方は魔葬具の属性が分からない程度には学力に問題があるらしい。

対して手下は印象とは違って並程度の知能はあるようだ。

「光芒と闇夜は『相反』する属性っす。その魔力をぶつけ合えば、大なり小なり影響は出るはずっすよ」

「うぅ~ン、頭が痛くなってきた」

醜く呻く偉そうな方に対して、手下がバカでも分かるように言葉を選びながら言った。

「要するに、この魔葬具から出る火花をクロスの奴の魔葬具にぶつけてやれば、あいつの魔葬具をオジャンに出来るかもしれないって事っす。そんで、クロスが曲芸を見せびらかせてる今こそ実行のチャンスって事っすよ」

なるほど、とアカホは思った。

この手下の言っていることは理にかなっており、クロスを直接ボコボコにするよりは成功の目がある計画のように感じた。

「はぇ~、そりゃあ良い」

「でしょ?……おいお前、今の話聞いてただろ?クロスの奴に自爆特攻してこい」

「ふえっ!?」

魔葬具を奪われた子は思わぬ指名に目を白黒させる。

オラオラと詰め寄る不良2人。

「うう…誰か…たすけて…」

きょろきょろと目線を動かしながら小声で助けを求める少女。

そんな彼女と、アカホは目が合った。

「アカホちゃん…」

しばらくの逡巡の末、アカホは不良に向かって歩き出した。

「アンタら、その子を解放しなさいよ」

「あぁン!?なンだてめえは!?」

「ぶっ飛ばされてえのかよ!?」

大声を出してアカホに凄む不良2人。

アカホはこの大声でクロスや周りの人の注意が不良に行くかと期待したが、残念ながらクロスの曲芸がクライマックスに差し掛かったところらしく、その大歓声にかき消されてしまっていた。

どうやら現在はジャグリング以外のネタを披露しているらしいのだが、アカホからは見えなかった。

「ぶっ飛ばしてみなよ。できるものなら」

アカホはあえて挑発的な態度をとってみた。

「このガキ…!」

手下が怒りに任せて右ストレートを放ってくる。

それをアカホは片手で受け止め、そのまま握りつぶそうと力を入れた。

「イデデデデデ!!!!」

手下が絶叫する。

この声でさすがにクロスに群がっていた集団の注意はアカホ達に向き、自然とアカホとクロスの間に空間が出来るよう散開した。

二手に分かれた人だかりの中、クロスが一人だけ鎮座している様子はさながら王のようであった。

そんなクロスと、アカホは目が合った。

漆黒に輝く瞳と、燃えるような真紅の瞳が交差する。

アカホは、クロスの目を見て、純粋、という言葉が浮かんだ。

「余所見してンじゃねえぞお!!」

刹那、偉そうな不良がアカホのスリムなお腹目掛けてボディフックを繰り出してきた。

「ウオラァ!!」

いつの間に装備したのか、ナックルの魔葬具を着けている。

先ほどの手下のパンチとは比べ物にならない強力な一撃であることは間違いない。

アカホは、それをそのままの勢いで腹に食らった。

「へへ…」

にやりと笑う不良。

しかし。

アカホは表情一つ変えていなかった。

「なっ…!?」

不良はバケモノを見るかのような表情で固まってしまった。

「はぁ…これは企業秘密だったんだけどね」

アカホはやれやれ、といった風に語りだす。

「私の体は軽量化した鎧の魔葬具で固めてあるの。まあ、常に薄いバリアを張ってるような感じね。薄いと言ってもそんじょそこらの魔葬具によるダメージは全部防ぐくらいの強度はあるわ」

「な、なんだと……?」

不良たちは絶句した。

本当は隠しておきたかった事なのだが、この場を乗り切るためには出し惜しみしていられない。

「まだ武器は残っているのかしら?もっとも、私の装甲を破れるようなものはあなた方には作れないでしょうけど」

「ぐぬぬ……!」

事実を淡々と並べていくだけでも、不良達には効果があるようだ。

「そういう訳だから、もう一度言うわね。その子を開放しなさい。あと魔葬具も返して」

アカホはぴしゃりと言い放った。

「ご、ごめんなさい~~~~!」

不良達は一目散に退散した。

すると、周りから拍手喝采が上がった。

「アカホ、やるじゃーん!」

「この出来事、ヒュイッターでつぶやくべきよ!絶対バズること間違いないわ」

「いえ、これはスカッとヒュートリアに投稿するべきね!」

アカホを中心にやいのやいのと騒ぎ立てる生徒達。

ふと気になって、アカホはクロスの方を見る。

彼女はぎこちない笑顔で、アカホに拍手を送っていた。

アカホはそれを見て、微かに心が波立つのを感じた。

すると、襲われていた子がおずおずと口を開いた。

「あ、ありがとう、アカホ」

「もう、気をつけてよねスカイ」

アカホは筒の魔葬具…私達の魔葬具を手に取って言った。

「これは私との共作なんだから。悪用されるかと思ってびっくりしたわ」

「ご、ごめんね…」

「…でも、あなたが無事でよかったわ」

アカホはとってつけたようにフォローすると、ひらひらと手を振って席に戻った。

すると、教授が講義室に入ってきた。

もうとっくに講義が始まる時間は過ぎてしまっている。

「いやーわりいわりい、色々あって遅れちまった。ほら、席につけー。楽しい演習のはじまりだぞ」

教授の号令で長い休み時間は終わりを告げ、生徒達はぞろぞろと席に着き、演習が始まった。


最初の生徒の発表をぼんやりと眺めつつ、アカホは先ほどまでの出来事を回想した。

アカホは、不良に目をつけられていた子が自分と共同で魔葬具を作ったことがわかっていた。

にも関わらず、しばらく様子見していたのは他ならぬクロスが標的だからである。

アカホはクロスに僅かな嫉妬心を抱いていた。

クロスは天性の魔力を持っており、才能豊かな親友にも恵まれている。

対してアカホは魔力の才能に恵まれず、友人は多いが真に心を許せるような親友と呼べるものは居なかった。

そんなアカホにとって、大した努力もせず全てを手に入れているクロスは、敬意の対象ではなく、小さな嫉妬の炎の火種でしかなかった。

クロスが魔葬具を壊されて大恥をかくところを見てみたい、そう思ってもみたが、最終的には自分らの共作が悪用される事の方が問題に感じ、不良らを排除することに決めた。

ただそれだけだった。

パチパチパチ…。

アカホが回想しているうちに一人目の演習が終わり、それに対してぱらぱらと拍手が送られていた。

二人目が登壇して演習を開始するが、アカホは上の空でまるで内容を見ていなかった。

クロスがアカホにみせた、ぎこちない笑顔。

純粋な瞳。

きっと、クロスはアカホが手を下さなくとも、不良らの妨害を当然のように難なく弾いて、涼しい顔で演習に望んでいただろう。

なぜなら、それが『持っている者』の運命なのだから。

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