花祭りの日に


 三日ほどの練習でも、ずいぶん上手に踊れるようになった。天使さんによれば、風の精シルフィードにとってダンスはごく自然な動作、本能みたいなものらしい。

 確かに踊っている間は不安も怖さも吹き飛んで、気分が昂揚こうようしていたかも。


「これを飲んでいきなさい。俺たちとの縁を維持できるし、記憶をとどめる力によってあなたの魂がほつれるのを食い止めてくれる」


 ころんと小さな、琥珀色の粒だった。言われるまま口に入れると、匂いも味もなく溶けるように消えてしまった。


『さぁ、いきましょ』


 天使さんに手を取られ、空へ導かれる。竜のひとはあの場所から離れることができないらしく、優しい笑顔でわたしたちを見送ってくれた。

 彼だって天使さんと一緒にお祭りへ行きたかっただろうと思えば、胸の奥がまたぎゅっとなった。





 風から風を渡りゆく移動では、物理の距離も曖昧あいまいになる。気づけば眼下には、花と飾りに彩られた広場が見えていた。

 大人も子供も人間もそれ以外も、皆がお祭り衣装に身を包み広場を行き来している。屋台で買い食いしているひとや、ゲームに興じているひと、音楽に合わせて歌ったり踊ったりしているひともいた。誰もが明るい笑顔でお祭りを楽しんでいる。


 なのに、わたしは。


『ミル・フルール・フェスティバル、ですって』


 掲げられた看板の文字を見た途端、懐かしさがせり上がり、視界が一気にぼやけた。

 なにも思い出せないのに、わたしはその言葉を知っていた気がする。遠い記憶のどこかで、大好きだったひとの声とともに。


「……わたし、帰りたい……。でも、……どこへ、……どうやって……?」

『私では、答えを返してあげられないけれど。あなたはここへ辿りついたのだと思う』


 ぼやけた視界で、天使さんの左右色違いの目が優しく微笑む。慰めるようにわたしを撫でてくれていた彼女が、ふと何かに気づいたようにスッと身を引いた。

 花に覆われた広場の向こう側から背の高い男性が近づいてくる。軍服姿に軍帽の見るからに軍人らしい狼のひと。彼が、竜のひとの言っていた……?


「お嬢さんたち、大丈夫ですか? 何かお困りのことがあれば――」


 穏やかな声が不自然に途切れ、金色の目が大きく見開かれた。彼の声を聞いた途端、わたしの内側を正体のつかめない懐かしさがうめてゆく。気づけば涙はとっくに乾いていた。

 あのひとではない。彼は狼ではなかったし、超常のものは何も見ることができず、聞くこともできなかった。

 境界を越えられない彼とはもう、二度と逢うことはできない、はず、なのに――。


「ずっと、逢いたくて……」


 こぼれ落ちた言葉に自分でびっくりする。狼のひとだって驚いただろうに、彼は晴れやかに笑っていた。


「そうか、あなたが。……私もずっと、さがしていました」


 その瞬間、天使さんと竜のひとの言葉がストンとに落ちた。彼はわたしの捜しびとではないけれど、あのひとにつながるため会うべきひとなのだ――と。

 

「探索者たちの間で、古代遺跡の最奥は異界とつながっている……とまことしやかに噂されているのです。荒唐無稽こうとうむけいな話だとは思うが、理由わけなく噂が立つとも思えない。俺は真相を確かめるため各地の遺跡を単身踏破していました。やり過ぎて無双狼などと揶揄やゆされ、友人に軍務を押しつけられてしまいましたが」


 天下無双の軍人、と竜のひとは言っていた。昨日ここに挑んだとも。


「竜のひとに、あなたのことを聞きました。わたしが迷い込んだのは、あなたが昨日、挑んだからだろうと」

「あぁ、古龍の。あの場所は最難関で何度も挑んで攻略できず……昨日が最終日ラストチャンスだったのです。でも、そうか、だったのですね」

「そうなんでしょうか。わたし、何ひとつわからなくて」


 会えば記憶がよみがえるかと期待していた。目が合った瞬間、思い出した――気がしたのに。わたしがうつむくと、彼はわたしのほうへ一歩近づき、距離が近くなる。


「俺は彼から記憶たましいの一部を預かり、ここに来れない彼の代わりにあなたをさがしていました。異界はそれぞ星の数ほどもあるそうですから……巡り会えるのは奇跡のようなものだと知りつつも。あなたに伝言を、預かっています」

「あのひとからの?」


 おぼろな輪郭りんかくにすがる気持ちで問い返せば、狼のひとは真面目な面持ちで「はい」と答え、続けた。


「夢でもいいから、逢いたい。千花ちか、俺は思い出したんだよ」


 穏やかな軍人さんの声に懐かしい誰か声が重なる錯覚。それが呼び水となったのだろうか――、記憶が湧水のようにあふれだした。



  ***



 足元には一面に花が咲き乱れている。妖精郷という言葉がよぎったけれど、明るさもあざやかさも本物の異界には及ばない。

 色と線を組み合わせて描かれたような可愛らしい花畑。ここはどこなのだろう。わたしはいつからここにいるのだろう。

 

 夢でつながる世界と世界の狭間かもしれないし、違うかもしれない。わたしの縁は竜のひとと狼のひとに結ばれて、どこかへ漂泊ひょうはくすることはなくなった。

 それでもここはあのひとの住む世界ではない。帰りたければ、扉をさがし続けるしかないのだ。狼のひとが、そうしたように。


 ふと、天使さんの言葉が胸をよぎる。


 ――精霊の舞いには力があるの。


 背筋を伸ばし、両腕を広げて、翅をひらいてみる。花々を揺らすやわらかな風に身をゆだね、天使さんに教わった動きを思い出しながら、くるり、くるりと。


 古来よりひとは精霊の舞いに魅了され、異界へ連れ込まれたり、逆に精霊を人の世界へ連れ去りもしてきた。精霊の舞いには境界を踏み越えうる力があるのだろう。

 夜と昼の長さが等しくなり、世界の境界が曖昧あいまいになる今夜なら、覚えたてでつたないわたしのフェアリーダンスでも、届くかもしれない。


「……ゆうさん、……恒夜こうや、……どうか、わたしを見つけて」


 風に同化しはねを得て、お気に入りのお布団にくるまる必要もなくなった今のわたしに、帰る場所は残されているだろうか。

 かつてのような頭痛も、怠さもしんどさも遠くなったけれど、心がたかぶれば胸も高鳴り、喉の奥が詰まるのだと知った。

 こんなに……胸も息も苦しくなるだなんて。


 星月夜に照らされ輝く花畑の向こう側に、あなたの姿が見える。


 


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【KAC20255 三題噺】ミル・フルール・フェスティバル 羽鳥(眞城白歌) @Hatori

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