悪夢は現に、現は無に
秋嶋二六
悪夢は現に、現は無に
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
真っ黒な砂漠、見えるのはただそれだけ。砂丘などはなく、平らに均した床のように延々と地平線の向こうまで続いている。
空を見上げれば、月のない満天の星空。瞬きもせず、ただ冷たく、か細い光を投げかけるだけだ。
そこにいるのは自分のみ。他に誰もおらず、人跡もない。
あてもなくただ歩き始める。一度歩いてしまうと、もう止まることは考えられなくなる。
足はさらに速まり、いつしかわたしは駆けていた。この黒い砂漠をただひたすらに、足下を炎で炙られたかのように足を動かし続ける。
わたしは激しい懐郷病に冒されていた。この砂漠の先に、足の向く先に故郷があるのではないかとの思いがわたしの両足を動かしている。
そこで目が覚める。目覚めは常に涙とともに訪れる。
わたしに故郷なんてものはもうない。何故なら、わたしの故郷は次元の彼方にしか存在しないものだからだ。
わたしは異世界転移者である。しかも、勇者召喚の巻き添えになっただけの一般人にすぎない。
この世界の人間は冷淡であり、冷酷だった。わたしが何のスキルも持っていないことを知るや、即座に追い出したのだ。しかも、醜聞を立てられないようにと、暗殺者まで送ってくる念の入れようだ。
だが、殺されかけたその瞬間、わたしにもスキルが発動した。スキルを奪う「スキルロバリー」が。
暗殺者からスキルを奪い、返り討ちにしたわたしは片端からスキルを奪っていった。人はもちろん、魔族や魔物、獣からもスキルを強奪していった。
いつしか、わたしのスキル数は千を越え、その分この世界の人間はただの無能と化した。
この世界に復讐するため、わたしは魔王へ投降した。自ら降ったわたしを魔王は厚遇したが、わたしは魔王を裏切った。
魔王の許に身を寄せたのは、単に魔王がわたしのほしいスキルを持っていたからにすぎない。
そのスキルの名は「ディフォティアント」。
すべてに滅びをもたらす究極魔法ではあるが、魔王はそれを使おうとはしなかった。魔王はあくまでも世界を支配したいのであって、滅ぼしたいわけではなかったからだ。
魔王の隙を狙い、スキルを奪ったわたしは早速その魔法を魔王へと放った。魔王は瞬く間に黒い塵と化す。
その魔法は魔王を滅ぼしたのみならず、重臣に伝わり、部下に伝播し、そして、魔族全体へと感染していく。それはまさしく呪いだった。
魔族をことごとく滅ぼし尽くすところで、勇者たちが遅れてやってきた。彼らは随分と楽をしたことだろう。何しろ討つ相手がいなくなってしまったのだから。
わたしは玉座に座り、勇者に残酷な事実を教えてやると、勇者は激高して襲い掛かってきたので、返り討ちにしてやった。
わたしはすでに万のスキルを持ち、今さら勇者など相手にもならなかったのだ。
そして、わたしは世界を滅ぼした。この世界がほしいままにわたしをなぶってきたのだから、わたしが自儘に世界を滅ぼしたとしてもかまわないはずだ。
ディフォティアントは有機物のみならず、無機物をも滅ぼす。海は涸れ、山は崩れた。黒き大地はもう何も生み出さない。
かつて夢で見た光景は現のものと化した。もうあの夢は見ない。なぜなら、夢も現も同じものとなったからだ。
わたしは高らかに笑った。誰もいないこの世界で。
(了)
悪夢は現に、現は無に 秋嶋二六 @FURO26
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