王立図書館記録課新人記録係リタ・トールソン
雨雲飴
(1)最悪の朝
その日は酷い雨だった。
朝を迎えていたにも関わらず、外は真っ暗で、ザーザーという雨音がありとあらゆる他の雑音をかき消していた。それはまるで、心地の良い子守歌のようで、朝日も差し込まない自室で、気持ちの良いまどろみの中、ふと目を覚ました。目の前にあった置時計に表示されていたのは本来起きるべき時間をとうに過ぎた七時半。
嘘でしょ。
頭が一気にさえる感覚、さっきまで感じていた心地よさは一瞬で吹っ飛び、体に緊張感が走る。被っていたブランケットを素早く、体から引きはがしベッドから急いで降りる。足を着いた床は妙に湿っていて不快に感じた。恐らく、外の雨のせいだろう。そして、その影響は顔を洗いに行ったバスルームの鏡の前でも目の当たりにすることになった。あっちこっちに飛び跳ね、ありえない方向にうねった髪の毛。いつもより酷いくせ毛に思いっきり顔をしかめる。
よりにもよって今日! なんで、こんなめんどくさいの!
しかし、うだうだ文句を言っていても仕方ない。口から出そうになった溜息をむりやり押し込んで、その代わりに空気を新しく吸い込んで深呼吸する。とりあえず、おろしていた髪を洗面所にあった適当なバレットでまとめる。蛇口を捻り、出てきた水を手のひらに溜め、顔を洗う。水は生ぬるい温度で、爽快感とはかけ離れていた。
服を着替え、適当に化粧をする。机に放りだされていたブラシでうねる髪をなんとかとかす。起きたばっかりの時よりかは、ましになった気もするが、髪の広がりはあまり変わっていない。アクセサリー入れにしているクッキーの空き箱から、銀色のバレッタを取り出し、素早くまとめる。もう一度、バスルームに行き洗面台の鏡で見た目を確認する。うん。悪くない。部屋に戻り、仕事用のカバンをひっつかむ。幸いにも昨日の私が持っていくものはしっかり準備している。ただ本当に忘れ物がないか確認する時間はない。
鍵、メモ帳、財布。鍵、メモ帳、財布。鍵、メモ帳、財布。
絶対忘れてはいけないものだけ、いつも通り頭の中で繰り返しながら、カバンをガサゴソと漁って確認する。よし、問題ない。
玄関を飛び出し、鍵を閉める。階段をできる限りの速さで、転ばないように駆け下りていく。しかし、ここに来て聞こえてくる雨の音に重大な忘れ物をしたことに気が付き。うんざりしながら私は一度降りた階段を上り、玄関先に置いてあった傘をひっつかむ。階段を下りながら、もうすでに私は息を荒くしていた。さすがに運動不足の体(おまけに寝起き)に階段往復はきつすぎる。しかし、ここで休むわけにもいかない。急いで準備したとはいえ、もうすでに家を出るべき時間は十分も過ぎている。
雨は相変わらず降り続いている。傘を差し、スカートの裾をたくし上げながら、早歩きで職場へと向かう。歩道にはぽつぽつと水たまりができており、それを踏むたびに革製の靴に雨水が染みていく。足先に感じる気持ち悪さと冷たさに若干の苛立ちを感じながらも、ひたすら足を動かす。
今が何時なのか確認したいが、腰につけた懐中時計を確認する暇すら惜しい。ふと強い風が吹き目の前から雨が風にのって私の体にたたきつけられる。ああ、もう最悪だ。きっと今の自分の顔と髪は酷いものに違いない。今すぐにでも家に帰ってしまいたい気分だが、もう職場まではあと少しである。ここで引き返すわけにも行かない上に上司からの信頼も失いたくない。ごちゃごちゃする思考はとりあえず置いておいて私はただ足を動かす。職場はもう目の前まできていた。
石造りの見た目をしたドーム型の建物、階段を上った先にある入り口前広場には市民、役人、様々な人が行きかっている。そして、その人たちは一様にあるものを手に持っていた。それは本だった。そう、そこは王国すべての記録が集まる場所。そして、国民全員に等しくそれを与える場所。国唯一の図書館、パルウス王立図書館だった。
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