第2話 権力者の都合
バルガード王国。
グラニスが兵士として働いている国であり、ダンテナウド森林と呼ばれる『質の高い薬草』がたくさん入手できる資源を活用し、『高ランクポーション』の運用によって国際的な発言力を持っている。
もっとも、その『高ランクポーション』は高位貴族の利権であり、実際に高ランクポーションを作るとなれば、多くのノウハウが蓄積された『調合師』たちの技術が必要になる。
ただし、ダンテナウド森林はモンスターがはびこる危険な場所。
冒険者や兵士など、戦う者たちが森に入って薬草を手に入れることが求められる。
そして、ここ数年、王国が作成し、運用しているポーションの数は多くなっている。
質の高い薬草があるからなのか、強いモンスターも少なくない森。
そこから、多くの薬草を持ち帰ったとある少年がいたからだと、理解している者は……間違いなく少ないだろう。
「あの、今、何と言いましたか?」
「不要だ。といったのだよ」
ガイル・アレスター。
執務室で高級ワインを味わっている四十代半ばの男であり、ダンテナウド森林に兵士を送り込む指揮官……そのなかでも代表だ。
「第一王子、ゼフリオン様は他国の魔道具技術に興味を持っていてな。大量の魔力を必要とする強力な魔道具を完成させるために、文献をあさり、『魔源竜』を討伐すると得られるアイテムの存在を発見したのだよ」
「……今までは、仕方なく俺を使っていた。で、これからその魔道具が完成するから、俺は不要になったと」
「そういうことだ。お前は強いが、その魔道具を運用すれば、貴様以外の兵士が貴様程度には強くなる。いる意味はないんだ」
どういう魔道具なのか、実際、いろいろ候補はあるだろう。
グラニスとしては、『強力な魔法を使えるようになるアクセサリーを作れる魔道具』といったものが候補として浮かび上がるが、聞き出す意味はない。
「武器を振ることしか能のない平民が、ここまで働けたのだ。十分だろう?」
「そんな屁理屈が――」
「屁理屈? ハハハハッ! 何を今更」
「今更って……」
何も悪びれる様子はない。
それはおろか、これからが楽しみで仕方がない。と言わんばかりの表情だ。
「まぁ、今なら余計なことをせずに、ただ追い出すだけで済ませてやるぞ」
「どういうことだ」
「無源竜核を持ち帰ってきたのはお前だ。それによって、この町の空気に悪影響が出ている。と噂を流すこともできる」
「討伐の編成リストに俺は載ってないぞ!」
「荷物持ちとして呼んだ。そしてお前の手違いで暴走した。ということにすればいい。平民一人を切り捨てれば何も問題はなくなると、上は喜んでお前を追い出すだろうさ」
「……」
グラニスは顔をしかめた。
「ということで、貴様はクビだ。そうそう、貴様の剣だが、返還してもらおう」
「こんなナマクラを? ていうか、俺の給料から天引きして、正式に買い取ったはずだぞ」
「そんな数字の動きなど、貴族にとって弄るのはたやすい。フフッ、宮廷鍛冶師たちが貴様の剣に興味を持っていてなぁ。回収しておこうと思ったのだよ」
「……クソがっ」
「ああそうだ。だが、戦うことしか能がないからこうなる」
ガイルは笑みを浮かべる。
「賢いお前ならわかっていると思うが、人間は印象だ。『お前が手違いで暴走させた』と噂を広め、『実際に気分が悪くなった』と『証言させれば』……そうなったとき、人は快く、お前に物を売ってくれるかな?」
「……」
「お前は強いが、強いだけの能無しだ。生きるためには社会に頼るしかなく、そしてその社会をコントロールするのは我々貴族だ」
スマホですべてを録音して暴露してやりたい衝動に駆られるグラニスだが、そんなものは持っていないしこの世界にあるわけがない。
「というわけで、剣を置いてさっさと出ていけ。私は娼館でどの女を選ぶのかを決めるので忙しいんだ」
「……はっ?」
「クククッ、ゼフリオン様から、王都の高級娼館を格安で、しかも予約を割り込める特権をもらったのだ。散々戦ってもらってご苦労。感謝はしているよ」
「……」
グラニスは背中から鞘ごと剣をもって、テーブルに置いた。
そのまま、扉に向かって歩く。
「そう黙って出て行くな。何か言い残すことはあるかな?」
ご機嫌な様子で、ガイルは聞いた。
グラニスは扉に手をかけて……・。
「今みたいに強くなく、本当に無能だった俺に、最低限の給料が最初から払われてた。冒険者じゃなくて兵士になったのもそれが理由だ。本来なら、世話になったと頭を下げるところだが……」
振り向いて、強い目で言った。
「地獄に落ちろ」
そう言い残して、グラニスは部屋を後にした。
★
「……………………はぁ」
王都の大通り。
グラニスは憂鬱な表情で歩いていた。
(とにもかくにも、金を稼がないとなぁ。兵士の宿舎で飯が出るからって、大した金額をもらってなかったし……)
武器はない。
金は少々。
しかも兵士をクビになったという職歴。
(なれるのは冒険者くらいかねぇ。今の俺の強さなら……いや、無理か)
冒険者に求められるのは強さだ。
しかし、『強さを求められる立場』にまで、ランクを押し上げなければならない。
(王都の冒険者組合は『推薦なしで飛び級が認められてない』し、ガイルが裏で手を回して飛び級を妨害することだって簡単なはず。そうなったら薬草採取みたいなクエストをこなす必要があるけど……)
グラニスは自分の手を見る。
(俺が薬草をつかんだら、ぐしゃぐしゃになって使い物にならない)
圧倒的に、不器用。
それがグラニスの体だ。
何故なのかは、彼自身にもわからない。
(しかも、王都の需要の問題で、新人向けのクエストは薬草採取しかないからなぁ)
正直に言って手詰まり。
それがグラニスが、簡単に考えた結果だ。
(となると、鉱山とか、単純なものになるか。あー、どうだろ。モンスターだったらどんな威力でぶっ倒してもアイテムを落として塵になるけど、ピッケルを振り下ろして落盤なんてシャレにならん)
ピッケルを魔力で覆うことで、どんな力で振り下ろしてもピッケルは無事だ。
しかし、今度は鉱山の方がどうなるかわからない。
(……となると、荷物持ちか)
ガイルが噂で流す可能性があった荷物持ち。
結局、持ち上げて運ぶだけなら、力があればいい。
もっとも、繊細なものを持ち上げるということには向いていないため、本当の『力仕事』になるが。
(はぁ……黙ってモンスターを倒してりゃ普通に稼げる兵士って転職だったんだなぁ。上司がクソだっただけで)
うまくいかない。
(どこか、荷物持ちの募集をやってるやつを見つけるか)
彼が、そう思った時だった。
「なぁ、第一王子のゼフリオン様が、魔源竜の討伐に成功したって本当か?」
「ああ、事実らしい。近いうちにパレードが開かれるそうだ」
冒険者組合の近くで、そんな話が聞こえた。
「……」
グラニスは思わず立ち止まる。
「しっかし、魔源竜の討伐かぁ。このあたりの伝承で、倒したらだめって話じゃなかったか?」
「昔話は昔話だ。冒険者組合でも、魔源竜を討伐してはならない決定的な証拠はないって言ってただろ?」
「そうだよなぁ」
「んなことより、気になるのは、その噂を聞いたリーナちゃんが、ダンテナウド森林に向かったことだよな」
「あー、あの可愛い子か」
「!」
森林に向かった。
その話を聞いて、グラニスは表情を変える。
(まだあの森には、魔源竜の莫大な魔力が……いや、深いところまでいかなければ大丈夫か?)
一瞬、『魔力中毒』のまずい可能性がよぎったが、大丈夫と判断し――
「相棒のドラゴンが病気になったらしい。魔源竜って森の主だろ? 質の高い薬草がとれるあの森で、主がいた場所には、特別な薬草があるんじゃないかってさ」
グラニスは走り出した。
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