神さまを辞めた話

城異羽大

私はナギ!



「ぶっちゃけた話、疲れちゃったんだよ。

わかるかな?常にキャラ作って崇拝されるにたる存在であり続けるんだ。そしていろんなところに目を光らせないといけない。クソじゃん?


しかも現代人ってほとんど無神論者みたいな感じだしさ。ってかてか!誰とは言わないけど、めちゃんこ美人になったり、美少年になったりしてるのウケるよね!人間ってほんと、興味深い。」


激しい雨がコンクリートを打ち付ける中、シャッターの降りたタバコ屋の前で女の形をしたものが猫に話しかけていた。


一見すると、幽霊にでも見える様相のそれは、暗い銀髪に鮮やかな朱色の着物を纏い、ずぶ濡れだった。猫はそいつに目を合わせて話を聞いてるような素振りを見せている。


女子高生がフードコートで話してるような空気感だが、時刻は深夜を回っている。そこに足音が近づいてきた。


「お前、こんなところでなにしてんだ?」


白髪の混じったオールバックにスーツを着た壮年の男は、めんどくさそうな目を向けた。


「アキ!待ってたよ!」


男の名前は榊 秋(さかき あき)。


彼は大きな神職の家系で、数世紀に渡り人と神の仲介を行ってきた。

しかしながら懇意にしていた叔父がやんごとない事情で自死をして以来、家業とは関わっておらず、むしろ嫌悪感を抱いている。


「人間の真似なんかするな。お前のそれは気持ち悪い」


「ねね!この子さー、猫又になれそうなんだよ!最近じゃレアなんだぜ?」


「何度も言うが、いい加減日本語をちゃんと喋れないのか?」


「だって面白いんだもん。こんなにたくさん種類があるんだから遊んでみたいさかい!」


「ソラナギ!帰れ」


榊は眉間に皺を寄せ、怒りを滲ませながら冷たく言い放った。


ソラナギと呼ばれるそれは、伝承にも記されていない太古から存在する神である。


強大な力を持つが故に頂点に立たざるを得なかった。元来の慈愛深さ故に求められるがまま振る舞うが、だいぶ無理をしていた。それを発散するために、隠れて常世に現れてはよく人間を揶揄っていた。


榊もその1人である。小さい頃から弄ばされていたが、家を離れてからは会うことがなかった。もちろん榊を気遣ってだ。そんなことを口に出すことないが。


「あのさ、私を人間にしてくんね?」


ソラナギは申し訳なさそうな顔をしながら、不器用に口角をあげた。それは、もう関わらないと決めた覚悟まで捨てて、はじめて頼るという行為をした自分への失望と嘆きを表に出さないよう繕ったものだった。


何度も迷った。誰にも相談できない存在だからこそ、苦悩は年々大きくなった。


きっかけは人間の描いた漫画だった。異世界に転生するとかそんな内容ありきたりなもの。

だけどそれは、幾千年も固まった思考を変えるには充分だった。


最初から諦めて、方法さえ考えてなかった。現状を見据えて、策を尽くし、ようやく立場を捨てられた。条件付きで。


それで常世に定住を決めたソラナギは、この時代で唯一の知り合いである榊を頼った。


「アキって未だに巻き込まれてるでしょ?それにサラリーマンとか似合ってない」


「見てたんだなずっと、、、」


榊は、家系のせいで常に狙われていた。家を頼る気もなく、幼少より鍛えられていたこともあって自衛はできていた。それでも周囲と馴染めるほどの余裕はなく、むしろ私生活に支障がきたしていた。


「守ってあげるし、望みがあれば叶えてあげるよ?」


「それは神としての契約か?」


「友人関係における助け合いさ」


榊は幼い頃の記憶を思い出していた。


神とわからず、近所のお姉さんくらいに思って一緒に遊んでいた。散々遊ばれたけれど優しかった。叔父以外で心を許せる頼れる存在として見ていた。


それが今、らしくもなく強がっている。

なによりも強い存在のはずなのに。

見捨てられるほど榊は冷酷になりきれなかった。それに。


「喫茶店をやりたいんだ。そして優雅に暮らしたい。金の心配もしたくない」


「アタシは酒飲んでダラダラしながら漫画を読み漁りたい」


「人間みたいなこと言うんだな」


「人間になりたかったんだもん」


「そういえば猫又のなりかけはどこ行った?」


「飼い主を看取りに行くんだって」


「行く宛がなくなったらうち来ていいって伝えといてくれ」


「やっぱアキは変わらないね〜」


「お前は変わったな」


「それはよかった。そういえば二つだけお願いがあるんだけどいいかい?」


「そういうところは変わってないな」


「私だぞ?侮るなかれ」


「ハイハイ。わかったよ聞いてやる」


「一つ、私の仕事を手伝って。もう一つは最初に言ったこと」


「アレをやるのか」


榊の家系の秘術に神の資格剥奪というものがある。幼い頃から手伝ってきた為、方法も把握済みだ。


「お前なら自力で出来ないのか?」


「やるのはオテノモノなのさ!自分にするのは、ね?頼もうにも誰もやりたがらないしさぁー恐れ多いとか言いやがる」


「完全には無理だからな?」


「それくらいでいいんよ。暑さに寒さ、痛みとかも感じてみたいんだぁ〜」


「人間のそういう奴をドMって言うんだ。知ってるか?」


「私はどっちもイケるよ?」


「お前と子作りとか死んでも嫌だからな?」


「ごめんな。アキをそういう目で見れないんだよ。泣かないで?」


「やっぱ辞めようかな」


「ごめんごめん!でもちゃんと愛してるよ」


「恋愛的な意味じゃないのはわかってるぞ」


「楽しいね。そうだ!せっかく人間になるんだから呼び方変えて」


「じゃあ、ナギ」


「適当すぎるね。でもそれもいいね


私はナギ。人間だ!」

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