【KAC20255】あるラーメン店にて

Yoshi

第1話

「お前、ダンス踊れそうな顔だな。今から踊れよ」

「……僕、あなたにお会いしたことありましたっけ」

「初対面だな」

「僕の記憶が正しければ、ここはラーメン屋だったと思うんですけど」

「天下無双って名前だよな。俺こういう名前のラーメン屋好きなんだよ」


 思わず頭を抱えたくなる。新たな教訓を学んだ。ラーメン屋に一人で行った時は、軽薄そうな見た目の男の隣に座るべきではない。ダンスを踊らされそうになるだろう。


「少なくともダンスを踊る場所じゃない」

「それは違うな。ラーメン屋で踊っちゃいけないなんてルールはない」

「そんな話はしてないんですよ……。あなたはダンサーか何かですか?」

「少なくとも俺は踊れない」

「ますます意味わかんねぇ……」


 隣の席の男はこちらをじっと見つめる。思わず僕の視線も彼に吸い寄せられる。茶髪に切れ長の目。全身が黒っぽい服で固められている。ともすれば田舎者っぽく見られそうな服装だが、なかなかどうして整っているように見える。


「意味はわかるだろ。むしろ意味しかない」


 にやっと笑って続ける。


「お前、聞いたことあるだろ」

「何を」

「踊ってない夜を知らない♪踊ってない夜が気に入らない♪」


 聞いたことはあると思う。動画投稿サイトで何度か。耳に残るリズムと歌詞だったので覚えている。


「まず、今は夜だ」


 時計を確認する。現在時刻は21時。間違いなく夜だ。


「そうですね」

「つまり、俺は踊ってない夜が気に入らないわけだ」


 今度は本当に頭を抱えた。こいつ、どうしようもない馬鹿だ。話がまるで通じていない。本当に同じ言語を使って会話しているのか疑いたくなる。


「飯食って寝るだけで十分でしょ……」

「わかってないな、お前。働いて飯食って布団に入っておねんねしてまた起きるだけの生活の何が面白いんだよ」

「今、全国の社畜を敵に回しましたよ」

「別にいいだろ。それより敬語やめろよ。親しくなく聞こえるだろ」

「別に親しくないだろ。初対面だぞ」


 今日は色々起こりすぎだ。本当に帰ってお布団に包まれたい……。


「お前、なんかあったんだろ」

「あったら何だよ」

「差し詰め、付き合ってた彼女に振られたとかだろ」

「……もしかしてエスパーの方?」


 その通りだ。注釈をつけると、僕はその彼女と3年付き合っていた。関係は良好だったはずだった。


「図星か。まあそれくらい顔見りゃわかるわな。振られ文句は?」

「あなた、つまらないわ」

「だろうな。実際つまらなさそうに見える」

「つまらなくて悪かったな」

「そう思うならさ……踊れよ」


 隣の男がにやりと笑った。


「踊れば、面白い人間になれるかもしれないぜ?」

「そんな簡単な話でもないだろ?」

「やってみないとわからんだろ。店主さん!生2つ!それと音楽かけて!」

「おいおい、何勝手に頼んでんだよ……」

「いいからいいから!」


 店主が苦笑しながらラジカセを取り出し、スピーカーから例の曲が流れ出す。


――踊ってない夜を知らない♪ 踊ってない夜が気に入らない♪


「……無理だって」

「いや、やれる!お前には素質がある!やっちまえ!」


 どんな素質だ。僕は溜息をつきながら立ち上がった。


「ほら、まずは手をこうして……」


 隣の男が両腕をバカみたいに広げる。


「ええい、もうどうにでもなれ!」


 ヤケになって僕も両腕を広げた。そこからは自分でも訳がわからなくなった。

 腕を振り回し、足をバタつかせ、ラーメン屋の床を無意味にスライドする。勢いで回転し、目の前にあった椅子を蹴り飛ばした。


「おお! やるじゃん!」

「やけくそだよ!!」

「いいぞ、もっと行け!」


 僕の様子を見ていた常連らしきおじさんが、突然丼を掲げて立ち上がった。


「祭りだああ!!」

「いや、祭りじゃないですから!!」


 おじさんが丼を回しながら妙なステップを踏み始める。それにつられるように、大学生グループがリズムに合わせてテーブルを叩き始めた。


「何してんだ、こいつら……」

「最高だろ!」


 隣の男が、厨房の店主に向かって叫ぶ。


「マスター! お玉でドラムお願いします!」

「しゃーねぇなぁ!」


 店主は笑いながらお玉を手に取り、鍋をリズムよく叩き始めた。


「おい、ラーメン屋崩壊してんじゃねえか!!」

「つまらないって言われたお前が、こんなに踊れるんだから最高だろ!」

「踊れてるかこれ!?」

「踊れてる!つまらないなんて言わせねぇ!!ハハッ!」


 気がつけば、店内の客全員が奇妙なステップを踏み、手を叩き、丼やコップを振り回していた。


「お前、ラーメン食いに来たんだろ?」

「そうだよ!」

「ラーメンは踊った後に食うと最高なんだよ!」

「そんな理屈があるか!!しかももうラーメンは食ってる!」

「じゃあ飲め!飲んで飲んで狂っちまえ!」

「ああ、もう知らん!飲んでやるよぉ!」


そう叫んでジョッキを掲げた瞬間、視界がぐるんと回って――目が覚めた。


「……え?」


 目の前には自分の部屋の天井が広がっていた。隣のベッドサイドにはスマホが転がっており、画面には動画投稿サイトの再生画面が映っている。


『踊ってない夜を知らない♪ 踊ってない夜が気に入らない♪』


「……なんだ、夢かよ……」


 脱力して頭を抱えながら、妙に体がだるいことに気づく。ふと見ると、布団の上で無意識に踊ったのか、枕が落ち、シーツがぐちゃぐちゃになっていた。


「……踊れてるかこれ……?」


 そう呟きながら、彼は再び布団に潜り込んだ。

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