天下無双

青城澄

天下無双

「天下無双ってなんのことだ?」

と、ぼくは隣の布団で寝ている妻に尋ねてみた。妻は枕を抱えながら、眠そうな声で答える。

「そりゃあ、天の下にふたつとないってことじゃない?」

それを聞いてぼくは、「それはみんなそうだよ」、と答えた。「人間はみんな、ほかにふたつとないただ一つの存在だ。要するに天下無双っていうのは、みんなのことなんだな」


すると妻はあくびをしながらも答えてくれる。


「そうね、わたしはわたし、あなたはあなた、どちらもほかにだれもいない、ただひとつの存在よ。それに、あなたみたいなひとがふたりもいたらたまらないわ」


「それはそうだな、ぼくもおなじだ。君はひとりでいい。ふたりもいたらぼくの身が持たない」


ぼくがそういうと妻は、布団の中で寝がえりをうって、ぼくに背を向けた。


ぼくはしばらく考えた。頭の中で、思考がダンスする。


「すべての人間が、天下無双のすばらしい人だったら、この世はどんなところになるだろう。みんながみんな、他にはだれもいないただ一人の人なのだ。みんなちがってみんないいとかいうけど、それぞれにその美しい個性と存在性が発揮されれば、人は愛し合うしかないんじゃないか」


「そうね」、と妻が寝ぼけ声で答える。「そういうことを考えるのは、いかにもあなたらしいわ。ほかにはいないんじゃないかしら。でも眠りましょう。明日は早く起きて、子供のお弁当を作らなくちゃ」


ぼくは隣の妻を見た。しばらくすると、妻は小さな寝息を立て始めた。枕の上に乗った長い髪を見て、ぼくは自分の中の愛が、ひよこのようにうごめくのを感じた。

「いや、実にめずらしい人だよ、君は」、とぼくはささやき声で眠っている妻に言った。


「ぼくと君は、違う。違うからこそ愛し合うんだ。そんな風に、すべての存在が、ほかにふたつとない大事な個性だとわかったら、みんな深く愛し合うだろう。ちょっとした行き違いや誤解があっても、皆同じ、ただ一つの存在だという前提があれば、そこから愛に帰ることができる。そうじゃないか?」


ぼくは布団の上に座って、腕を組みながら、自分に言った。この自分と言うものも、不思議なものだな。いつだってぼくは考えている。思考は踊り、いろんな理屈を編み出して、不思議な文様の心を作る。


「そうだ、愛してるよ、君。君が君でいてくれてぼくはうれしい」

ぼくは妻の背中に言ってみた。すると妻が寝言のように、「わたしも」と言った。







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天下無双 青城澄 @sumuaoki

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