宿命の星

華周夏

宿命の星【第1話】………①


 拙い恋の始まりは、綺麗なものではなかった。いつか迎えに行くから。必ず迎えに行くから。記憶を奪われても、花婿は君しかいない。再び過去から今へ、糸が絡まりだしていく……これは宿命だろうか。   

夢の中の幼い俺はそんなことを思って泣いている。


『忘れないで、そうにいちゃん……僕のこと、忘れないで………』


誰かを抱きしめようと手を伸ばしたところで、目が覚める。何故かこの夢を見ると、目が覚めた蒼は泣いている。そして、伸ばした手はいつも届かない。幼い子供が、自分を呼びながら泣いている夢。顔はわからない。けれど、何かとても大切なものを忘れてしまったような悲しさだけが蒼の胸に残る。   


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大人になってからの『初めての』出会い。あったのは蒼を支配したのは不可解な感情。そして、過去にあったのは、記憶にはない、蒼と空との本当の出会いと、哀しい別れ──。

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「……若様、お食事中に考え事ですか?」


「あ、ああ。爺。久々にあの夢を見た。いつ見ても慣れない。悲しい夢だ」


「そうですか……」


爺は難しい顔をし、黙った。蒼が食事を終え箸を置くのを見計らったように、口を開く。


「悲しい夢、ですか……。そのうち思い出す日もくるやもしれませぬ。さて、話は変わりますが、今月は神無月。我が狛井家の旦那様と、獅子尾家の旦那様は、出雲へのお出かけになる山神さまの付き添いで村を離れるので、若様と獅子尾家の若君の暁様が、二人での留守長です。泣いてなどおられる暇はありませぬぞ。ほれほれ、耳と尾をしまってくだされ。私たちの敷地内ならよきにしろ、敷地外で出して、人間に見られたら大変です。全く、二十歳にもなられたのに。童子と変わりませんな」


蒼は食事の最後、季節の果物を食べる。蒼はまだ青く酸っぱい蜜柑が好きだ。


「爺の小言は耳に痛いな……山神さまは村の人間の心臓に沈黙の鎖をうってある。口外したら死ぬのが解っているのに我々のことを口外する馬鹿はいない。外の人間にばれたら幻術でも暗示でも使えばいい。狛井家の得意分野だろう?」


 そう蒼は爺に悪態をついた。この家で蒼が悪態をつけるほど、気を許して話が出きるのは爺だけだ。爺は、蒼の育ての親だ。





【つづく】

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