明晰夢

東雲弘治

第1話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 芽衣子に告白してフられる夢。


 芽衣子めいこ──大繭おおまゆ芽衣子は私の幼馴染だ。幼稚園から今までずっと一緒。

 他愛のない話が何よりも輝く時間になる、最高の友達。


 だから、別々の大学に行くと知った時、すぅっと血の気が引いた。


「なーに死にそうな顔してんの。絶交ってわけじゃないんだから」

 私の不安を、芽衣子は豪快に笑い飛ばした。自分でも馬鹿馬鹿しいと思ったから、その時はおどけてみせた。 


 でも、狂おしい気持ちは止まらない。


 ──怖かった。私の知らない所で、私の知らない縁が、芽衣子に作られていくのが。

 芽衣子にとっての私が、一番じゃなくなる気がして。


 気づく。私は芽衣子を愛している。一生を添い遂げる相手として想っている。ずっと一緒だったから、わからなかった。


 そして合格も決め、卒業を控えた3月。

 あの夢を見始めたのはその頃からだ。


 大筋は同じ。私が芽衣子に告白する。

 結末も同じ。私はフられる。9回目もそう。


 夢は深層心理を表すって噂が本当なら、私の心理は諦め一色。片思いなんてよくあること。まして女同士。


 だから、10回目も同じと決めつけていた。


「──え?」


 そこは夜の教室だった。開け放たれた窓から月の光が差し込む。

 カーテンを揺らすほどの夜風を、私ははっきりと感じていた。


 目の前で弱々しく笑う芽衣子も、本物。


「私は……本当は臆病だからさ。理睦りむから逃げちゃった」


 芽衣子が手を差し出してきた。その瞳は不安げに揺れている。


「聞かせて。そして、私を捕まえて」


 都合が良すぎる。夢のような──ああ、これはきっと明晰夢。限りなく現実に近い幻。


 だからこそ、私は本当を伝える。もうどこへも行かせないと、芽衣子の手を両手で強く、強く、握る。


 涙混じりの微笑みが、その答え。


 翌日の目覚めは、幸せと空しさだった。


「どんな顔して会えばいいのよ……」


 火照った顔のまま登校する。それでも、芽衣子に会いたいから。


「あ……」


 校門の前で、照れ笑いを浮かべ、芽衣子が待っていた。


 私たちは見つめ合ったまま、黙り込んだ。

 もしかしてあの夢は──。


 芽衣子は、手を差し出してくる。

 その言葉を聞くのは、二度目だった。


「……聞かせて。そして、私を捕まえて」

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