第3話 魔王閣下は再就職をしたいそうです。 3
――で、なんでこうなんだよっ!?
王都の中心、王宮に隣接した場所に、白亜の塔がある。それが魔導騎士団の本部だ。ちなみに、反対側にある青色の塔が護衛騎士団の本部である。魔術師で構成されるのが魔導騎士団で、剣士で構成されているのが護衛騎士団。制服も白と青で、それぞれ違う。
その魔導騎士団の地下にある取調室に放り込まれた俺は、罪人よろしくルア嬢ちゃんと向き合って座らされたままだ。こうなるから、来たくなかったんだ!
俺はやっぱり手錠を引きちぎってでも逃亡するんだったなと、後悔して頭を抱える。ルアと繋がれていた手錠は外されて、もう少し頑丈そうなぶっとい手錠が、俺の両手を拘束していた。
一度宿舎に戻ってから、俺を取り調べるために戻ってきたルアは、洗髪して顔も洗い、制服も着替えたようだ。さすがに魔獣の血にまみれたままの格好で、騎士団本部を闊歩するなと、あのガレッティ団長にお叱りを受けたのだろう。
俺は気安く肩を組んできた団長の顔を思い出して顔をしかめた。あのデカ熊野郎。なにが、飯を奢るだ。騎士団本部に連行するなり、取調室に放り込みやがって!
ああ、たしかに飯は出たよ? 干からびた薄っぺらなパンに、肉と野菜の切れっ端が浮いているか浮いていないか、微妙なラインの味の薄い実に慎ましい飯だった。そんなんで、腹になるかよ。俺は元大魔王だぞ!
てめえらを頭から丸かじりすることだってできるんだ。いや、したくないけど。俺、けっこう美食家だから。人間を喰うのは、下等な魔獣くらいだ。魔族は断じて人なんぞ喰わない。どちらかというと、魔族の地に生えているフルーツとか野菜が中心で、意外とベジタリアンが多い。
人間に言ってもきっと信じないだろう。この地に各種残された伝承では、魔王も魔族も血の滴る生肉に豪快にかぶりつくことになっている。いつの世も無知による誤解と偏見はなくならないものだ。
「俺がいったい何をしたってんだ!? 罪なき者を不当に拘束することに対して、断固抗議する!」
俺は手錠のついた手で、バンッと机を叩いた。
「身分証を確認したところ、偽造されたものだと判明しました」
これには俺も反論できず、閉口するしかない。
そんな俺を、ルアは怪しむようにジーッと見てくる。
「ここに書かれている住所は、公衆トイレ……名前と年齢も本当か怪しい」
なんてこった、俺は公衆トイレに住んでいる無職の22歳ってことになっていたのか! 道理で、面接を落とされまくるはずだ。胡散臭い裏路地の店から、安価な身分証を手に入れようとしたのが間違いだった。
「いやだから……その……田舎から出てきたばっかりで……住むところもなく、頼れる親戚もいなくて……身分証がなきゃ、就職もできないんだ! だからって、都市行政区の役人がそんなに簡単に身分証なんて発行してくれるか? 仕方なかったんだよ――っ!」
俺は両手を握り合わせて、情けを請うように訴える。
「ダメです……規則は規則。怪しい人は取り調べるのが私の仕事」
「ああそうとも。偽造身分証を使っていたのは俺が悪い。ちゃんと手続きして正規の身分証を申請してくればいいだろ!? 頼むよ、釈放してくれ。それに、あの不細工鳥の飼い主も判明したじゃねーか。俺とは無関係だっただろ!?」
「…………名前……」
「名前? 不細工鳥の名前のこと?」
そんなもの、俺が知るわけがない。名付けの親にでも聞いてくれ。名付けたやつがいるのならだが。
「あなたの名前……それも嘘?」
「嘘じゃないよ? 俺は正真正銘の、アーノルド・ネッカー! 誓って本当!」
ああ、嘘つきの俺をどうか許し給え!
俺の本当の名前は別にある。ただ、その名前を俺はあまり名乗りたくない。好んでもいないからだ。人間たちは大魔王の本当の名など、知らないだろうけどな。
人間にとって魔王はただの恐怖の象徴で災厄そのもの。
名前など与える必要もない忌まわしき存在だ。
俺は胡散臭い店の店主が適当につけた『アーノルド・ネッカー』の名前がけっこう気に入っているし、この名前で第二の人生を歩みたいんだ。
血塗られた名前より、真っさらな名前の方がいい。
「それならいい……怪しいからもうちょっと拘束するけど」
いいんだ。そして、俺はまだ拘束されるんだ。せめて、もうちょっとマシな食い物を出してくれよ。俺は腹ぺこで死にそうだ。
「ここにサインして」
ルアは横の椅子に置いていた革製のバッグの中から、書類とペンを取り出す。
まさか、死刑執行の書類とかじゃないよな? いくらなんでも、身分証を偽造したくらいで縛り首にするのはやり過ぎだ。
恐る恐る書類に目を通した俺は、「なんだ、死刑執行の書類じゃないんだな」と安堵する。ルアが出してきたのは、都市行政区に提出する身分証作成の申請書だ。あくまでも、一時的な身文書で有効期限は三ヶ月とある。地方から職を求めて流れてきた人や、身分証を紛失した時、盗難に遭った時などに、救済阻止として発行しているもののようだ。ちなみに、正式な手続きをするためには、出生地、あるいは移転前の居住地の行政区が発行する身分証を用意するか、それがない場合は住所を定めた上で、保証人を立てて申請するしかない。
そのどちらも今の俺には難しかった。なにせ、移転前の住所は――魔王城だ。魔王城に住んでましたーなんて書いてみろ。寝言は寝て言えと鼻でわらわれるか、正気を疑われるかのどちらかだ。
「期間内に正式に手続きしないと、失効になるから気をつけて」
「おおおおっ、これがあれば、俺も面接を受けられるってことだ!!」
俺は感動して書類を両手で持ち、高く掲げた。だがよく見れば、住所の欄はすでに書き込まれていて、この魔導騎士団本部になっている。
「あのさ、なんで俺がここの住人として登録されてんの?」
まさか、このまま三ヶ月間、ここの留置場暮らしを強いられるんじゃないよな?
それなら、公衆トイレの住人のままでいるほうがマシ――っ!!
「住所不定だから」
ああっ、今、言葉の刃が胸にグサッと突き刺さったよ!
俺はうっと、胸を手で押さえる。住所不定なんじゃなくて、住所がまだ決まってないだけだ。就職先が決まって安定収入を確保したら、安宿生活を脱して俺だけの城(部屋)を手に入れるつもりでいる。
だが、そのためには身分証が必要なのだ。となれば、多少のことは我慢するしかない。この書類を用意してくれたのもルアの善意だろう。これは一日、カチ込みに付き合った報酬だ。俺が渋々サインする間、ルアは無意識なのかペンダントの石を握って指で摩っている。
深紅の――エメラルド?
銀の鎖の先に四角い石がついている。それほど大きな石ではないが、珍しい深みのある赤だった。
ふと、頭に過ったのは、十五年前の記憶だった。
炎に包まれた森の中、横転した馬車があった。戦禍を逃れて、隣国に逃れるために港を目指していたのだろう。馬車に乗っていたのは若い夫婦と幼い子供一人だった。夫は木の側で首をかき切られた状態で倒れていた。木の幹や地面の草に赤い血が飛び散っていて、すでに息絶えているのは確かめなくまでもなくわかった。
母親は荷馬車の近くで、我が子をかばうようにうずくまっている。背中に深い傷を負っていて、もはや助かる見込みはなさそうだった。無事なのは、泣いている子どもだけだ。
襲ったのは、魔獣でもなければ魔族でもない。彼らを守るべき王国の兵士たちだ。魔族討伐を掲げながら、大半は略奪と無駄な殺戮ばかり。
他国に逃れようとする者は魔族の手先と同じだと、容赦なくその命と財産を奪い取る。それを恥と思うどころか、国を護るために戦っている自分たちの当然の権利だといわんばかりに収奪を繰り返していた。
それも当然といえば当然だ。兵士たちにとって、国の掲げる魔族討伐の名目なんて何の関係もなければ利益にもならない。無理矢理、各地の村や街から集められて戦いに駆り出されている者たちだ。それなのに、誰が命がけで使命を全うしようなんて思うのか。魔獣や魔族を相手に戦うよりも、逃げ惑うただの人間を襲った方が楽で、よっぽど金になる。
あの夫婦のような被害者なんて、うんざりするほど見てきた。
救いを求めるのも、恨むのも、自分の国の無謀で無能な王にしてくれ。
これはその報いなんだから――。
瀕死の母親がマントを必死につかんできた時も、俺は一瞥もくれず通り過ぎようとした。助ける義理もない。だが、母親は相手が魔族の一団だと分かっていても、助けを求めずにはいられなかったらしい。『お願いです……この子を……助けてください』と、抱えた我が子を差し出してきた。
国の兵や盗賊に見つかるよりは、魔族のわずかな慈悲と気まぐれに縋るほうがマシだと思ったのか――。
母親は俺に子どもを預けると、服に隠していたペンダントを俺に渡してきた。助ける代価のつもりだったのだろう。そのまま、安堵したように息絶えた。
このままでは、血の臭いを嗅ぎつけた魔獣が寄ってくる。そうなれば、子どもの命もない。実際、魔獣に取り囲まれていた。寄ってこなかったのは、ただ単に俺がいたからだろう。
一歳か、二歳くらいの子どもだった。俺に抱き上げられても、母親と父親を呼びながら泣き続けていた。俺はそのペンダントの石に、自分の血を数滴垂らした。俺の魔力と血が染みこんだ石は深い緑色から深紅に変わっていた。
その石があれば、魔獣は俺の魔力を怖れて寄ってこない。ただ、それだけの気休めの効果だ。あとは、多少魔法をはね返す程度。
母親の勇気に対しての敬意のつもりだった。あの両親に対する哀れみの気持ちも、多少はあったのかもしれない。
あの子どもは――そういえば、人間の村の入り口に置いてきたんだったな。
それ以外、俺がしてやれることはなかったから。魔族の俺が、人間の子どもを育てられるわけもない。運がよければ、村の者が拾ってくれただろう。その先のことは、あずかり知らぬことだ。
俺は「まさかな……」と、呟く。
宝石に血を染みこませて魔石にすることは珍しくない。
魔力を持つ者の血なら、人間でも、魔獣でも、魔族でも可能なことだ。強力な魔術師の血を染みこませ、様々な魔法を付与したものは高額で取引されたりもする。
魔族の血は人間や魔獣よりはるかに純度が高く魔力量が多いが、魔族の血を使った魔石はほとんど出回らない。そもそも、魔族の血を得ることは難しく、希少だからだ。ちなみに、込められた魔力の量と純度、性質によって魔石の色は変わる。魔力が多いほど濃く深い色になる。
よくある魔石だろう。似ているだけのものなんていくらでもあるから。
ただ、あの時の子どもが、無事に生きてくれていたらいいと、なんとなく――感傷に浸っただけだ。侵略者の元魔王が考えることでもないなと、自嘲する。
俺はサインをした用紙を、「ほら、書いたぞ」とルアに渡す。
「あとは拇印ですね」
いきなり短剣を抜いたルアに驚いて、「うわっ!」と体を引いた。
この嬢ちゃん、危なっかしいなっ!!
おまけに腕をつかまれ、ブスッと剣先で親指を刺されたものだから俺は悲鳴を上げた。鉄格子の扉の外にいた見張りの兵士にも聞こえたのだろう。なにをやっているんだとばかりに、振り返って取調室を鉄格子越しに覗いていた。
痛い……しかも、無理矢理……ひどいっ!! なんて、無体な子!
俺は拇印を押した後、血の滲んでいる自分の指にフーフーと息を吹きかける。
そんなことをしても少しは痛みは和らがないし、血も止まらないけど、気休めだよ、気休め!
ルアは「ではこれで」と、用は終わったとばかりに立ち上がる。
俺はハァ~と溜息を吐いてから、頬杖をついた。
「まさか、例の襲われたっていう取引所に行ってみようなんて、考えてないだろうな?」
「一緒に行きたいんですか?」
鉄格子の扉の前で足を止めたルアが、振り返ってきく。
「いや、行きたくないから! 全然、行きたくないから!!」
これ以上、振り回されるのはご免だ。
「そうですか……ではいいです」
あっさり答えると、ルアは取調室を出て行く。
まさか、これから一人で行くつもりなのか? いや、まさかな。いくらあのルア嬢ちゃんが非常識なほどの働き者だからって、深夜間近に出かけたりしないだろう。宿舎に戻って就寝するはずだ。
いや、だが今日の暴走っぷりからすると、わからねー。
俺は頭が痛くなってきて額に手をやる。
だとしてもだ。俺にはもう関係のないことで、あいつの監視は騎士団の団長様がするべき仕事だろう。
「おい、出ろ。留置所に移ってもらうからな」
衛兵に呼ばれて、俺は「へいへい」と腰を上げた。今夜は素敵な夢が見られそうだ。欠伸をもらしながら取調室を出て、蝋燭の灯りに照らされている通路を進む。
ルアのことだ。俺がいなくても魔獣の一匹や二匹、一人で片づけられるだろう。人間相手なら、なおさら心配する必要はない。この俺をも怖れさせる戦いっぷりだったんだ。よほどの事がない限り――。
細い石の階段を上がっていた俺は、途中で立ち止まる。
壁の燭台で、小さな炎が揺れていた。
「おい、何をしてる。さっさと上がれ。止まるな!」
俺を先導する衛兵が振り向いて促す。
俺は一瞬迷ってから、ニマーッと笑った。「な、なんだよ」と気味悪そうな顔をしている男の顎に、思いっきり頭突きする。
一発で目を回した男の腰から鍵束を取り出して手錠を外し、階段を駆け上がった。
仕方ないだろ。あの嬢ちゃんを野放しにしておくと、何をしでかすかわかったもんじゃないだ。一応はバカ友の子孫だし? あいつに化けて出られたら寝覚め悪い。俺は地獄に行ってまで、あいつの恨み言を聞きたくないんだ。
「これで、身分証偽造の上に、逃走の罪まで加わったな……」
見張りの衛兵が声を上げる前に、指をパチンと鳴らす。簡単な催眠魔法だ。立ったままイビキをかき始めた衛兵を床に座らせ、ついでに衛兵の羽織っていたマントを拝借した。なにせ、俺は薄っぺらの肌着と、ズボンという格好だ。
ついでに剣も借りておいた。自分の能力は使わないに越したことはない。俺は平凡に普通に、人間に紛れて暮らしたいからだ。俺が元魔王だと知れられたら、この国の人間の記憶全てを抹消するために、滅ぼすしかなくなってしまう。さすがに、そこまで悪逆非道にはなりたくはない。
「だけど……前に襲われた取引場って、どこなんだ?」
あの密売人どもも、その場所までは知らないようだった。騎士団の情報には引っかかっていたのだろうか。街中、あてどなく捜すのは非効率だ。できれば、夜中のうちに捜し出して連れ戻し、こっそり留置所のベッドに戻りたかったが、そういうわけにもいかなさそうだ。だとしたら、できるだけ情状酌量の余地がある方を選びたい。俺は扉を開いて塔の外に出るのをやめ、さらに上の階を目指した。
衛兵の一人をとっ捕まえて人質に――いや、案内してもらったのはガレッティ団長の執務室だ。ガンガン扉を叩くと、鼻の頭を赤くした団長が「ああ? なんだ、こんな時間に」とフラフラになりながら出てくる。酒臭い息に、思わず鼻を摘まんだ。
「だ、団長……この男が留置所を脱走したようで……」
俺が首根っこをつかんでいる衛兵は、震える声で報告する。そいつはもう用済みだから、「案内、ありがとよ」と手を離してやった。追い払うまでもなく、「うわあっ!」と悲鳴を上げて逃げて行く。なんだよ、ちょっと脅かしただけだぞ。『教えないと、豚の鼻に変えて、一生語尾がブヒッになるように呪ってやるぞ』ってな。
「おめぇ……ルアが連れてきたやつじゃねーか。なんだ? 俺と飲みたくなったか?」
団長はガハハッと笑って、肩を組んでくる。その片手はしっかり酒瓶を握り締めていた。このおっさんに聞いても答えてくれんのか? 呂律も回ってなさそうだけど。だが、考えようによっては好都合だ。酔っ払ってんなら、俺の質問にも簡単に答えてくれるかもしれないし、なんなら俺が執務室を訪れたことも、明日の朝になれば綺麗さっぱり忘れているかもしれない。
「そうそう。俺もちょうどおっさんと飲みたかったんだよねー! ところで、何日か前に襲われたっていう密売人のアジトの場所とか知らねーかな? 知ってたら、教えてほしいんだけど」
ガレッティ団長の背中を押して部屋に入りながら、俺はさりげなく尋ねてみる。
ソファーにドカッと座った団長は、酒瓶を口に運んでからふと真顔になって俺を見た。急に酔いがさめたように眼光が鋭くなる。
やべぇ、このおっさん、飲んでも正気は失わないタイプだったか。
俺はとりあえず、「参考までに」と笑ってごまかそうとした。
「なんのために、そんなこと聞きやがる……」
腰を浮かせた団長に胸ぐらをつかまれて、俺は観念して溜息を吐いた。
「ルアが一人で調べに向かったかもしれないんだよ」
「なんだと……っ!?」
目を見開いたガレッティ団長は、胸ぐらを離して眉間に皺を寄せる。
「あれほど、慎重に行動しろって言ったのに……聞きやしねえ」
「で、場所は知ってんのか? 俺が連れ戻してくるから、教えてくれ」
面倒臭いけど、仕方ない。放っておいたら、ぐっすり眠れないからな。これは俺自身の安眠のためだ。
ガレッティ団長は、俺の顔をジッと見る。
「おめぇは、無関係なんじゃねーのか? あいつの知り合いってわけでもねえだろ」
あいつの知り合いじゃないけど、あいつのくそったれな先祖と知り合いではあるんだよ。残念なことにな。俺は「まあ、その……」と、鼻の頭を掻いて言葉を濁す。
「知り合いじゃないんだけど、これからお知り合いになりたい相手といいますか? わかれよ、おっさんにも若かりしころはあっただろ? 男がいて、女がいて、道ばたで偶然出会えば、恋の始まりってやつだ! ルアを一目見た瞬間に、俺は出会っちまったと直感してしまったわけだ。この人が俺の運命を変えてくれる女神だと! そして、一緒に手に手を取り合って襲撃を繰り返しているうちに、お互いに対する信頼と愛を深め合ったというわけだ! 彼女は一人で危険な場所に赴いているというのに、俺だけ安穏と留置所に捕らわれて寝転がっているわけにはいかない。そんなのは男が廃ると思わねーか? 俺は思う!」
俺は胸に手を当て、真剣な表情を作って熱弁を振るう。言っている途中で自分でも何言っているのかわからなくなったし、舌を噛みそうになった。しょうがないだろ! 他にどう説得すればいいんだ!?
ガレッティ団長はポカンとしていたが、急に「グハハハッ」と笑って俺の背中をバシバシ叩いてきた。
「なるほど、そういうことなら仕方ねぇなぁ!」
「そう、仕方ないんだよ!」
笑みを作って答えたが、頬がピクピクと痙攣する。
おっさんよ、どうでもいいから早く教えてくれ。そして全部忘れて、さっさと寝てくれ。それで、今日のあんたの任務はおしまいだ。
「騎士団からも捜索隊を出す。そいつらと一緒に、ルアを連れ戻してきてくれ」
ガレッティ団長はペンと紙を取ると、場所を印して俺に渡す。
「捜索隊!? いやいやいや、そんな大げさに捜すほどのこともないって。密売人とアジトって言っても、襲われた後なんだろう? だったたら、もぬけの殻のはずだ。捜して連れ戻すだけなら、俺だけで十分だ」
騎士団の騎士なんかに囲まれて移動するなんて、まっぴらご免だ。いたって、邪魔になるだけだしな。
「そうとも限らねーんだよ……事が事だけにルアには伝えてないがな」
「どういう意味だ? なにがある?」
「ビアンカ・クロッソって女のことだ」
深刻そうな顔をして、ガレッティ団長が口を開く。
「密売人の首領で殺されたんだよな?」
「ああ……だが、そいつが扱っていた商品が問題なんだよ。ビアンカ・クロッソの顧客は大半が金持ちの貴族や大商人、聖職者。その中には王族も含まれている。そのほとんどが王都での売買が禁止されている違法なものなんだが……」
顧客が金持ちの権力者どもばかりだから、騎士団や憲兵団も手が出せずに見逃されてきたというわけか。よくある話だ。
「数ヶ月前、王都にある物が持ち込まれたという噂が流れた」
「…………凶暴なドラゴンの卵とかか?」
ドラゴンの売買はもちろん、この国では違法だ。卵も同様である。
「そのほうがずっとマシだっただろうな。なんせ、持ち込まれた物ってのは、十五年前の大戦を引き起こした前魔王の遺品の一つだ」
ガレッティ団長は声を低くして答える。俺は息を呑んで、数秒黙っていた。
俺の――遺品?
そうだ。俺は十五年前の大戦で死んだことになっている。だから、遺品と呼ぶのも間違いではないだろう。だけど、俺の遺品ってなんだ?
俺は額を押さえて「マジか……」と、呻くように言った。
色々ありすぎて、どの遺品のことだかわからねぇ。どこかに忘れてきたパンツとか、靴下とかだったらセーフだが、絶対違うよな。いや、パンツとか靴下とかも怨念とか瘴気が染みこんでいると思って呪物扱いにされている可能性もあるが。
それはそれで、恥ずかしいからやだっ!
一刻も早く速やかに回収したいっ!!
「前魔王の遺品はどれも、国を滅ぼし兼ねないほどの脅威になるものばかりだ」
いや、俺のパンツとか靴下はそんなに脅威じゃねーよっ!?
俺は言いかけた言葉をのみ込んで、深刻な顔をして「ああ、そうだな」と頷いた。
「だが、魔王の遺品の噂は以前にも度々出回っていた。そのほとんどが、偽情報だった。本物なんて、そうおいそれと出回るものじゃない。だから、俺たちも慎重に調べていたんだが……真偽を確かめる前に闇取引所が襲われた。ビアンカもその手下も生き残っていないから、証言を得ることもできない。だが、奪われたものが本当に魔王の遺品なら、とんでもない事態だ。この件は陛下に報告の上、調べを進めていたところなんだよ。まさか、ルアが首を突っ込むとは思わなかったがな……」
ルアはまだ騎士団の下っ端だから、重要な案件には関わらせてもらえていないのだろう。それが魔王の遺品に関わることであれば、危険もある。そんなものを手に入れようと思うのは、全うな人生を歩んでいるやつじゃないからだ。
とにかく、魔王の遺品が関係しているとなれば、俺もますますこの件は放っておくわけにはいかなくなったというわけだ。自分が撒いた種は、自分で刈らねばならぬ。ああ、面倒くせー。全部、燃やしてから消えるんだった。
魔王時代なら手下に命じて回収させるところだが、今の俺は魔族の国にも入れない。見付かったら、大騒ぎになるどころの話ではなくなるからだ。魔王復活なんて、大々的に宣伝されてパレードでもされてみろ! この国の人間どもは、震え上がってまたしても十五年前の大戦のやり直しだ。
「とりあえず、俺は今夜中にルアを捜して連れ戻す。遺品の捜索は俺の仕事じゃないんだ。おっさんに任せるよ。それでいいだろう?」
遺品絡みの一件なら、おっさんもあまり騒ぎを大きくしたくないだろう。
「わかった、それで頼む。まあ、ルアに惚れちまってるお前なら、何かあっても命がけで護ってくれるだろう?」
ニヤッと笑ったガレッティ団長は、俺の頭をガシガシと撫でてくる。
俺は「あはは……」と空笑いをしてごまかした。
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