村の落ちこぼれだった俺が「魔物の核」を取り込んだら、いつの間にか空間を断ち切る最強スキルを手に入れていた件
あまつか ゆら
第0話 何もない村
かつて『ロウファーの里』と呼ばれ、多くの人々が暮らしていた村は、今ではすっかり荒れ果てていた。
夕方になると、空は茜色に染まり始める。ぼんやりとその様子を見つめながら、アルヴィス・ロウファーは静かに村の通りを歩いていた。道には雑草が生い茂り、足元には崩れた瓦や破れた衣服が散らばっている。かつては子供たちの笑い声で賑やかだったこの場所も、今は静まり返っている。
アルヴィスは村を見回し、小さくため息をついた。
「何も変わらないな……」
ここでの暮らしは孤独だ。三年前に魔物が襲ってきて村が壊滅してから、村人たちはみんなここを去ってしまった。唯一の家族だった姉も、その襲撃で命を落とした。今ではアルヴィスだけが、なぜかこの場所を離れられずに残っている。
村の片隅にある古い井戸の前で立ち止まった。かつてはきれいな水が溢れていた井戸も、今では濁った泥水が底にわずかに溜まっているだけだ。
「これじゃ飲めそうもないな」
アルヴィスは諦めて、また歩き出した。彼には何の特別な力もない。体も弱く、魔法も使えない。ただ、こうして日々を無為に過ごしているだけだった。
そのとき、ふと横にある壊れた民家の入り口で何かを見つけた。近寄ってみると、それは細い木の杖だった。記憶の中の老人が使っていたものだと気づき、アルヴィスは懐かしさに胸を締めつけられた。
その老人は村で一番年長で、いつも優しい笑顔で村人に接していた。猫が好きで、毎朝家の前で野良猫に餌をやるのが日課だった。その光景をアルヴィスはよく見かけていた。
「アルヴィス坊、今日も姉ちゃんのお手伝いかい?」
老人はいつも穏やかな声で話しかけてきた。
「そうだよ、おじいちゃん」
幼いアルヴィスは笑顔で答えていた。姉が亡くなって以来、彼と話すこともなくなった。
杖をそっと手に取ると、乾燥した木が指先にざらりとした感触を残した。老人の優しい笑顔が鮮明に蘇り、目頭が熱くなる。
アルヴィスは静かに杖を戻し、また立ち上がった。風が冷たく頬を撫でる。胸の奥にしまい込んでいた寂しさが、また少し大きくなった気がした。
彼はゆっくりと歩きながら、別の民家の前で足を止めた。家の壁には壊れかけた絵が貼られており、楽しげに笑っている村人たちが描かれている。その絵を見ると、かつての賑やかな祭りが鮮明に思い浮かんだ。
「姉さんと一緒に祭りを楽しんだ日が懐かしいな……」
ふと足元を見ると、小さなぬいぐるみが転がっていた。埃を丁寧に払って近くの窓辺に置く。
「せめてここなら雨にも濡れないだろう」
アルヴィスは独り言を呟きながら、ゆっくりと自分の住処である納屋へと戻り始めた。後ろで杖が風に揺れてかすかな音を立てたが、アルヴィスはもう振り返ることはなかった。
夜の闇が深まり、村を包み込んでいた。アルヴィスは自分が住処にしている納屋の片隅で、小さな火を起こして暖をとった。火の揺らめきをぼんやりと見つめる。
アルヴィスの視線が棚に置かれた小さな木箱に移った。その木箱には姉が作ってくれた人形がしまってある。小さい頃、姉はよく暇を見つけては手作りの玩具を作ってくれたのだ。
人形を手に取り、そっと握りしめると、温かな思い出が蘇った。ある日、姉と一緒にこの人形を持って遊んでいると、姉が急に真面目な顔をした。
「アル、もし私がいなくなっても、一人でちゃんと生きていけるように強くなるんだよ」
「そんなの嫌だよ、姉さんがいなくなったら、僕どうしたらいいの?」
「大丈夫、あなたは強くなれる。必ずだよ」
姉はそう言って優しく頭を撫でてくれた。その感触が今でも手のひらに残っているようだった。
アルヴィスは人形を握りしめ、静かに涙をこぼした。火の影が壁に揺れる中、寂しさと無力感に襲われ、深いため息をついた。
「姉さん、俺は強くなれなかったよ……」
やがてアルヴィスは静かな眠りに落ちたが、その夢の中でさえ、姉との温かい記憶が彼を慰めることはなかった。
朝日が昇り、薄い光が村の廃れた家々をゆっくりと照らし始めた。アルヴィスは冷え切った体を起こすと、納屋の隙間から漏れる朝の光をぼんやりと眺めた。朝の空気は冷たく澄み渡っており、遠くから鳥たちのさえずりが静かに響いている。
軽く伸びをして納屋の外へ出ると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。体が目覚めてくると同時に、昨日と何も変わらない村の景色が視界に広がる。
(また今日も、変わらない一日が始まるんだな)
そう思うと、何となく重い気分になった。それでも日課はやらなければならない。アルヴィスは村を出て、朝露を探しに低地へと歩き出した。
草の茂みを探し回り、葉についたわずかな朝露を丁寧に掌で集めて飲んでいく。冷たい水滴が喉を潤すが、それもほんの僅かだ。
「やっぱり、これだけじゃ足りないな……」
独り言を呟きながら空を見上げると、澄み切った青空がどこまでも広がっていた。空は美しくても、自分の暮らしには何の変化ももたらしてくれない。ふと視線を落とすと、土の上に微かな足跡が残っているのに気付いた。人間の足跡だ。
(誰かが来ていたのか?)
急に胸がざわついた。アルヴィスは足跡を辿ってみる。足跡は村の入り口のほうへ続いていた。すると、村の端の壊れた柵の前で、アルヴィスは足を止めた。少し先に、背負い袋を背負った旅人らしき男が立っているのが見えた。
アルヴィスは慌てて陰に隠れた。久しぶりに見る生きた人間に戸惑いを感じる。隠れながら、そっと旅人を観察した。
旅人は村の荒れ果てた光景を見渡し、独り言をつぶやいている。
「噂通りだな……ここも魔物にやられて完全に廃村か。これじゃあ物資は期待できないか」
旅人の呟きを聞きながら、アルヴィスの心に小さな刺すような痛みが走った。
(やっぱり、外から見れば、この村はもう終わった場所なんだな……)
アルヴィスは悲しげに目を伏せた。自分がずっと囚われているこの場所は、外の人間から見ればただの廃墟でしかない。その事実がアルヴィスの心に深く突き刺さった。
しばらくして、旅人は踵を返し、村を後にした。その背中を見送るアルヴィスの心の中で、何かが小さく動き出していた。
(俺も、このままじゃいけないのかもしれない。いつまでも姉さんや村に囚われていたら、何も変わらないんだ……)
胸の奥で、小さな炎が灯ったように感じた。旅人が残した足跡をもう一度じっと見つめ、決意を新たにする。
アルヴィスはゆっくりと立ち上がり、改めて村を見渡した。
(姉さん……俺、ここを離れる決意をするよ。姉さんが望んだように、強くなるために)
まだその方法も、行く先も分からないが、このままではいけないということだけは分かった。アルヴィスは心に静かな決意を宿したまま、自分の納屋に戻る道をゆっくりと歩き出したのだった。
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