鳥憑き魔女のワルツ

緋色 刹那

🧙‍♀️🕺

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 うちの前を通って学校へ行く、あこがれの鳥海とりうみくんが出てくる夢。


 今日は夢の中でひなまつりをした。

 私が女雛で、鳥海くんが男雛。子供じみた夢だったけど、彼と結婚式を挙げられて嬉しかった。


 だって、現実の私は魔女で、鳥海くんは人間だから。「魔女と人間は結ばれてはいけない」って、昔から魔女の掟で決まっているから。


「そんな掟を未だに守ってるなんて、時代遅れだなぁ」


 まぶたを開くと、見知らぬ妖精の少年が目の前に浮いていた。


「きゃあ?!」

「おっと」


 掛け布団を反射的に投げつける。妖精はひらりと宙を舞い、かわした。


「あ……あなた、誰? どうやって、中に入ったの?」

「そんなの、どこからだっていいじゃん。ボクはキミの恋を叶えにきただけなんだから」

「私の?」


 続けて投げようとした、枕を下ろす。妖精の少年はニシシッと笑い、名乗った。


「ボクはジャイブ。数々の悩める魔女達の恋を成就させてきた、天下無双のキューピッドさ!」

「ジャイブ? あなたが?」


 聞いたことがある。魔女の恋を実らせるのが趣味の、ジャイブという変わった妖精がいるって。そのせいで、彼氏持ちの魔女が急増しているらしい。


 まさか、私のところにも現れるなんて。こんなチャンス、二度とないかも。


「どうして私が恋をしているって知ってるの? 誰にも話したことないのに」

「ボクには、恋する魔女の心の声が聞こえるんだ。ワルツの声も聞こえていたよ。今日は鳥海くんとひなまつりをやった夢を見たんだろう?」

「ぎゃー! 忘れて!」


 おもわず、枕を投げつける。今度は当たった。


「……本当に、私の恋を叶えてくれるのね?」

「もちろん。下調べはとっくに済んでるよん。実際に行動するのは君だけどね」

「鳥海くんと結ばれるためなら、なんでもするわ! 何をしたらいい?」


 ジャイブはニッと、いたずらっ子のように笑った。


「まずは、鳥海くんのクラスメイトになろう! それから、彼と同じ部活に入るんだ!」

「同じ……部活?!」


 頭がくらっとした。これは……大変なことになったかもしれない。


 🧙‍♀️



まどかワルツです。今日からよろしくお願いします……」


 鳥海くんのクラスメイトになるのは簡単。魔法を使えばいい。席はもちろん、鳥海くんの隣にした。


 どうして今までやらなかったのかって? 「魔女は人間の社会に干渉してはいけない」って掟で決まっていたからよ。


 ……ううん、本当は鳥海くんに近づく勇気が出なかっただけ。


 もし、鳥海くんと仲良くなれなかったら? 嫌われたら? 他に好きな子がいたら?


 きっと、近づいたことを後悔する。そしてもう二度と、人間と関わらないって誓っていた。傷つくくらいなら、幸せなまま遠くから眺めていたほうがいい。


 隣の席に座った私に、鳥海くんは爽やかに微笑みかけた。


「よろしくね、円さん」

「こ、こちらこそ……」


 か……カッコよすぎる! こんな近くで鳥海くんの顔が見られるなんて! もっと早くクラスメイトになれば良かった!


 授業が始まり、「急な編入で教科書が間に合わなかった」というで、鳥海くんの教科書を見せてもらう。寄せた机と共に、鳥海くんとの心の距離も縮まった気がした。


「クラスメイトで充分じゃない? わざわざ同じ部活に入る必要ある?」


 授業が終わった後、ジャイブに確認する。ジャイブは私のブレザーのポケットからひょこっと顔を出し、「ダメに決まってんじゃん!」とむくれた。


「このままじゃ、ただのクラスメイトで終わっちゃう! 部活でさらに親睦を深めつつ、一目置かれる存在にならないと!」

「だよね……」


 覚悟を決め、鳥海くんに渋々頼んだ。


「鳥海くん。実は私、あなたと同じダンス部に入りたいんだけど……」


 🧙‍♀️


「きゃー! 鳥海せんぱーい!」

「こっち向いてー!」

「キター! トリ様の降臨よー!」


 ダンス部のレッスン室の前は、鳥海くんファンの子達でごった返していた。その熱気はガラス越しからも伝わってくる。なんなら、湿気で窓がちょっと曇っている。


 危ない、危ない。前もって、鳥海くんに「ダンス部に入りたい」って伝えていなかったら、今頃レッスン室にすらたどり着けてなかった。


 鳥海くんは激しく、優雅に踊る。最近流行りの"けーぽっぷあいどる"の曲らしい。手足が長い鳥海くんにはぴったりだった。


 鳥海くんはダンス部一の実力者だった。ヒップホップ、コンテンポラリー、アイドルの曲……なんでも踊れる。その圧倒的な存在感から、「トリの降臨」なんて呼ばれていた。


 鳥海くんが注目を集める中、私はレッスン室のすみっこで、ダンス講師の先生から鋭い視線を向けられていた。


「見てのとおり、鳥海目当てで入部したがる生徒は多くてね。悪いけど、入部に相応しいかテストさせてもらうわ」


「よ、よろしくお願いします!」


 まさか「私もその一人です」とは言えない。ダンスだって、まともに踊ったことないし。私がただの人間の女の子だったら、恋も入部もあきらめていたと思う。


 だけど、は違う。私には魔法がある。


 数時間前、ジャイブは私に鳥海くんと同じダンス部に入るよう言った。「踊れないから無理」と拒む私に、ジャイブはこうアドバイスした。


『ワルツって、動物霊の憑依魔法が得意なんでしょ? 踊りが得意な鳥を憑依すれば、それなりに踊れるようになるんじゃない?』


 人前で憑依するのは気が進まないけど、鳥海くんとお近づきになるためなら仕方ない。

 

 私は深く息を吐き、鳥の霊を体に憑依させた。

 手始めに、アメリカヤマシギを選んだ。自然と体が動き、流れている音楽に合わせてビートを刻む。


「ほう。やるわね」


 先生の顔つきが変わる。前のめりになり、口もとには笑みすら浮かべている。おぉ、これは好感触?


 続いて、フラミンゴの霊を憑依させて、片足立ち。からの、ダチョウに切り替えて、激しい求愛ダンス! 人並み外れた体の可動域に、先生も驚きを隠せない。


 先生だけじゃない。鳥海くんに向けられていた視線が、私に集まってくる。鳥海くんもダンスをやめ、私のダンスに釘付けになっていた。


 嬉しいけど、喜んでばかりもいられない。

 お願い……このままに終わって!


 🧙‍♀️


 ワルツの願いも虚しく、異変は起きた。


「あっははー! ダンス、たーのしー! 鳥海くんもいっしょにおどろーよー!」

「え、ちょっ?!」


 ワルツは突然、人が変わったように上機嫌になると、腰に両手を当てて翼のように動かし、鳥海のもとへ駆け寄った。


 強引に鳥海の手を取り、オクラホマミキサーを踊る。鳥海は戸惑いながらも、ワルツの動きについていった。


 ……鳥の憑依魔法には欠点がある。身体能力のみならず、頭まで鳥並みになってしまうのだ。


 ようするに、"アホになる"。賢い鳥ならまだしも、よりにもよってアホで有名なダチョウでその副作用が起こってしまった。もう誰にも止められない。


 楽しそうな二人に対し、鳥海ファンの間からはブーイングの嵐が起こった。


「ちょっと、誰よあの女!」

「勝手に鳥海くんと踊ってんじゃないわよ!」

「うらやましすぎるー!」


 やがてワルツはダチョウ並みの脚力で窓を蹴破り、鳥海を連れて走り去っていった。部員とファンが必死に追いかけたが、二人はあっという間にいなくなった。


「あらら……ワルツ、一人で大丈夫かなぁ?」


 以上、置いてけぼりのジャイブがお伝えしました!


 🧙‍♀️


 気がつくと、私は鳥海くんに膝枕してもらっていた。


「と、鳥海くん?!」

「あ、気がついた?」


 慌てて起き上がる。辺りは一面のとうもろこし畑。学校どころか、建物すら見当たらない。


 うーん……ダチョウの求愛ダンスの途中から記憶がない。どういう状況?


「ここ、どこ?」

「さぁ……?」


 鳥海くんは困った様子で笑った。


「覚えてない? 円さんがここへ連れて来たんだよ。どうしてもとうもろこしが食べたいからって。鳥のエサ用だったから止めたけど」

「そうだったの……ごめんなさい。私、踊りに夢中になると、(鳥の霊に完全に意識を乗っ取られて)我を忘れちゃうの」


 終わった……何もかも。こんな奇行に走るなんて、絶対嫌われただろうな。


 ところが、鳥海くんは私を嫌うどころか、「すごいな」と感心した。


「我を忘れるくらい夢中になれるなんて、僕なんかよりずっと才能あるよ」

「そんなこと……」


 鳥海くんの表情は暗い。みんなの前では、あんなに堂々としていたのに……鳥海くん、どうしちゃったの?


「最近、何のために踊っているのか分からないんだ。ダンスを始めたばかりの頃は、音楽に合わせて、ただ体を動かすだけで満足だったのに」

「鳥海くん……」

「ねぇ、円さんは何のために踊ってる? どんなことを考えれば、あんなに楽しそうに踊れるの?」

「え、えっと」


 頼みのジャイブはいない。ジャージの上着といっしょに置いてきてしまった。


 鳥海くんの視線に耐えられず、ぽろっと答えた。


「鳥海くん……かなぁ?」

「僕?」


 鳥海くんはキョトンとする。慌てて、言い直した。


「実は私、前から鳥海くんにあこがれていたの。鳥海くんにっていうか、鳥海くんのダンスに、なんだけど。だから、あこがれの鳥海くんに見てほしくて踊ってる……みたいな」


 こ、これ大丈夫? なんか告白みたいじゃない? どうしよう……鳥海くんに嫌われちゃう!


 すると、鳥海くんは「そうか!」と手を打った。


「僕は今まで、誰かのために踊ったことがなかったんだ! どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだろう?!」


 キラキラと目を輝かせ、私の手を握る。


「ありがとう、円さん! 円さんが僕に見てもらうために踊るように、今日から僕は円さんに見てもらうために踊るよ!」

「えぇ?!」


 🧙‍♀️


 それ以来、鳥海くんは私のために踊るようになった。私も、鳥海くんのために踊った。


 しだいに、私達の距離は縮まり、付き合うようになった。鳥海くんファンからの妨害に遭いながらも、幸せな学生生活を送っている。


 ジャイブは私達が付き合い始めてから、いつのまにかいなくなっていた。次の、恋に悩む魔女のもとへ旅立ったのかもしれない。


 いつか、鳥海くんに私が魔女だと明かすときがきたら、私達の恋を応援してくれた妖精のことも話そうと思う。


〈了〉

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