死神とダンスする
石田空
ラストダンスパートナーは魔王
「ハア……ハア……ハア……」
筋肉繊維がいったいどれだけブチブチ千切れたのかはわからない。何度も脱臼骨折するたびに先生に治癒魔法をかけられ、とうとう口の中に大量のエリクシールを突っ込まれてしまった。最終決戦前に使い切るには多過ぎるそれは、多分今使うのがちょうどいい塩梅なんだろう。
「勇者トキオ、よくぞ最後の試練に耐えきった……」
妖精王は俺を見下ろしながら、そう言った。
ああ、そうだよ。本来だったら十年かけて少しずつ体に馴染ませて学ぶはずの奥義を、たった三日で体に叩き込まないといけないのだから、そりゃそうなる。大昔マンガで読んだ精神となんちゃらの部屋みたいな奴に突っ込まれ、エリクシール飲みながら試練を行わなかったら、何度死んでいたかわかりやしない。
先生や皆がこちらを見ている。
「トキオ……! これでようやく魔王に挑めるのね!」
そう言ってこちらに駆け寄ってきたのは、はじまりの村で出会ったメイジだった。彼女は戦闘能力は全然なかったものの、彼女のつくった料理を食べると体がホコホコ温まり、その上俺のもらったギフトが底上げされるものだから、彼女は俺たちの旅路の間、皆が戦っている間ずっと料理をしないといけなかった。時には材料が無のときすらなにかをつくっていたのだから、きっと俺たちではわからない戦いがあったのだろう。
「うむ。召喚されてきてからこっち、最初は弱いものだと思っていたが、まさかここまで戦えるとは思ってなかったぞ」
先生ことセンソウジは、すっかりしわしわになったほど年寄りのエルフであり白魔法使いだった。ずっとパーティの皆の怪我と健康について考えてくれた上、俺のもらったギフトの意味不明さを、どうにか試行錯誤繰り返して使い方を考えてくれたおかげで、今の俺がいる。感謝してもしきれないくらいだ。
「でもこれでやっと魔王を倒せるし! そもそもトキオの意味不明なギフトをやっと見なくて済む!」
そうひどいことのたまうのはシンジュク。元々盗賊であり、俺たちのパーティのお金を持ち逃げしようとしたのを取っ捕まえて憲兵に売り払おうとしたところ、俺の世界由来の立派な土下座でそのまんまパーティ入りしたという珍妙な生き物だった。でもシンジュクの言っている意味もわからなくもない。
俺のギフト。それは……【ダンサー】。この世界にも遊び人や踊り子はいるんだが、そのどちらのジョブにも適合がなかった。俺に適合があったのは剣士だが、剣士でギフトのダンサーってどうすればいいのかさっぱりわからず、はじまりの村から出たあとも、どうやって戦えばいいのかわからず、最初はメイジと一緒にモンスターに石を投げて逃げるしかできなかったのだ。
だが、先生が古文書を読んで、この得体の知れないギフトの解析をしてくれた。
元々剣士の中にはいたらしい。
死神とダンスすると言う粋なことを言うキザ野郎が。だが、ただのキザ野郎の真似事だったら、当然ながらギフトにはできない。ならこれはなんだと解析をした結果。
「このギフトは、強制的に一対一で戦闘に持ち込むというものだ。つまり、モンスターだろうが人間だろうが魔族だろうが、敵も味方も入れなくなる」
「なんでちと」
つまりは……俺が無茶苦茶強くなるしかなかったのである。
そりゃもう、最初このギフトを使って戦いはじめたときは、何度も死にかけた。当然メイジに泣かれたし、瀕死になるたびに先生に治療してもらったし、死にかけていたら稀少価値の高いアイテムを持ち逃げしようとするシンジュクを殴って止めないといけなかったし、ぐだぐだになっていたが。
だが俺のギフトに興味を持った魔剣士。決闘を挑んできた極悪領主の元の誇り高き騎士。魔族の中にもたまにいる高慢な魔導師。
それらと一対一で戦うたび、俺は強くなり、鍛えられ、遂には世界の守護を司る四大精霊の加護を受け、遂には妖精王により奥義を会得するまでになったのだった。
これで、明日はいよいよ決戦、魔王との死闘となる。
「でも……これでトキオ、遂に魔王と一対一で戦わないといけなくなるんだけど」
「こらこら泣くなって、メイジ。俺だって最初は情けなかったし、今みたいに無双できた訳でもないし、でもお前がいたから、俺もなんとか生き残れた訳だし」
「私、ご飯つくることしかしてない」
「死にかけてる中でも、俺はメイジのご飯だけが楽しみだった!」
途端にメイジが頬を赤くさせる。その中、シンジュクが尋ねる。
「はいはい、ラブコメラブコメ。それ終わってからやれよ」
「いや、そのつもりはないが。だがな」
大量に戦い、ダンスパートナーを渡り歩いてきた俺は、最後のダンスパートナーを魔王とするわけだが。
俺のスキルを使っている間に、皆には他の魔王軍を相手取ってもらわないといけない訳で、どう考えても全員無事で済むとは思えない。そして。
全部が終わったあと、満足に帰れるかもわからない。
「布団の上で死ねるくらいには上等な終わり方だといいなあ」
「そんなこと言わないでよ」
「メイジ、お前は妖精王の下に残れ」
それにメイジはビクリと肩を跳ねさせる。
「ど、どうして……!?」
「惚れた女に浮気現場は見せられないだろ」
「……っ」
魔王とのラストダンス《殺し合い》なんてなにが起こるかわからないのだから、そんなところに非戦闘員のメイジを連れていける訳がない。
俺は先生とシンジュクに振り返った。
剣士、白魔法使い、盗賊であり、火力は本当に申し訳程度しかないが。俺たちは行くしかない。
さあ、夜明けが来たら出陣だ。
ラストダンスを決めようや。
<了>
死神とダンスする 石田空 @soraisida
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