30話 「到着 後編」

 中央区の出店の立ち並ぶ大通りに辿り着く。

 街は活気で賑わい、人が波のように並んでいる。

 こんな景色は128じゃ、何かの祭りの時ぐらいしか見られないだろう。


 ひとまずは物価が気になる。そう思い店を覗こうかと思った時、ミリーがある物を見ている事に気が付いた。


「アクセサリーか?」

「あ、うん。可愛いなって」

「高くなければ買えるぞ」

「……いや、いい」

「ほんとにいいのか?」

「うん。自分の指輪、すっごい気に入ってるし。それより、美味しい物が食べたい。流石におんなじ物を食べ過ぎた」

「確かに、そうだな」


 ミリーの要望を聞きながら、店を巡る。

 すると肉の入ったジャンキーな食べ物が目につく。

 ミリーもそれが気になったようで、買ってみる事にした。


「おう、あんちゃんらは……兄妹?か?」

「そんな感じだよ」

「そうかい。また買いにきてくれよ」


 髭を生やした巨漢の店主にそう言われる。いかにもな肉屋という風貌だ。


 肉はコロニー128じゃ内層民の更に金持ちの人間にしか流通しなかった。

 だからそれが新鮮に思え、口に運ぶと程よい柔らかさ、スパイスのガツンと来るアクセントを感じた。

 やや味が濃い目で大丈夫かとミリーを見たが、ミリーはこちらを見てふん!と口に食べ物を入れたまま反応する。どうやらお気に召したらしい。


 これだけ店にも流通しているのなら、農業区にかなりの畜産施設がありそうだ。

 コロニー128はそういった物が無いので不思議だったが、恐らく太陽の鳥を使いここと貿易して取り寄せていたのだろう。


「これがお肉なんだね……」

「食べた事、一度もなかったのか?」

「いや無いよ。だってわたしずっと外層だし。逆にカイはあるの?」

「軍の祝いの時に、一度出た事がある。だがそれもこんなに旨くは無かったな」

「じゃあまぁ、ほぼ初めてのお肉だね」


 食べ終わり、また中央区を練り歩く。

 しばらくするとまた家が立ち並ぶような、普通の居住区に来てしまった。


「あ、出店はここまで?」

「そうだな。どうする?まだ時間があるが、農業区も少し覗いてみるか?」

「うん、そうだね。一体どんな風にお肉を作ってるのか、興味があるし」

「多分精肉現場は見れないし大して面白い物じゃないぞ。ただ生きてる奴なら……ん?」


 耳を澄ませた。

 賑わいの喧騒が遠くに聞こえる中で、泣き声のような音が聞こえた気がしたからだ。

 音を探り、それが子供で、居住区の建物の裏から聞こえていそうだと分かった。


「悪い、ミリー。ちょっと」

「ん?」


 道を外れ、少年を見つけた。


「どうかしたのか?」


 かなり幼く見える。ざっと6歳ぐらいだろうか。

 少年は赤くなった目をこちらに向けると、おずおずと口を開く。


「ママが、いなく、なって……」

「迷子か?」


 少年はこっくりと頷く。


「カイ、探してあげようよ」

「そうだな。名前と、今日のお母さんの特徴を教えてくれるか?」


 少年から話を聞いて、ミリーと共に中央区を探して回った。

 色々な人に聞いて回り、知り合いが居ないかと探った。

 やがて本腰を入れて協力してくれる人や、店に来た客に聞いておくと言ってくれた人。俺が旅をしてボロボロな服装だったからか、俺が攫ったんじゃないかと疑いの目を向ける奴も居た。


「ねぇ、わたしが攫われた時も、みんなで探してくれたんでしょ?こんな感じだった?」

「あぁ、まさしくそうだ。コネがあったから、下手すればもっと多くの人が動いてた」

「そうなんだ。わたし、皆に感謝しなきゃだね」


 ミリーが攫われた日を思い出す。

 あの日もミリーを探す為多くの人が力を貸してくれた。

 人としての本質は、生まれた場所が違っても一緒なのだろう。

 そして少年の母親らしき人が見つかった。


 少年が駆けて、母親に近づく。

 何度も母親に頭を下げられ、感謝された。

 どうやら大通りの人混みの中ではぐれてしまったらしい。

 その親子と別れを告げて、もうそろそろ3時間が経ちそうだという事に気が付く。


「もうすぐ時間だ。アルヴァンの元に行こう」

「うん」


 歩を進め、また街を見やる。


「やっぱりコロニー003の人達も、普通の人間なんだね」

「まぁ、そうだな。128の人と何ら変わらない。優しい奴も居れば、おかしい奴も居る」

「カイを誘拐犯だーって言った人?」

「あいつは未だに理解できん。母親を探してるって言って回ったのに、話に尾ひれが付きすぎた」


 ミリーが軽く笑う。

 工業区に戻る途中で、このコロニーの外側を見やった。

 無論俺達は中央で楽しんだから、こんなにも明るい世界だった。

 外側にいけば恐らく、128程ではなくとも無情な世界が広がっているのだろう。

 それは今までより少し、残酷な事のように思えた。


ーーー


 アルヴァンの職場である巨大な建物に辿り着く。

 3時間前と同じ大剣持ちの女がこちらを見つけた。


「待ってたよ。アルヴァン様らの準備も出来たらしい。案内する」

「頼む」


 そう言葉を交わし、ミリーと共に建物へと入っていく。

 無機質な壁に挟まれ、やがてその部屋へと辿り着いた。


 部屋の中は石造りの灰色で、大きな長机が一つ。そこに7人の白衣を纏った人間が座り、その後ろにそれぞれつく護衛の人間らしき兵士の14人。

 皆、こちらを値踏みするよう視線を向けてくる。


「お連れしました」

「あぁ、ありがとう。君はこちらに来てくれるか」

「はっ」


 長机の一番奥に座っていた男が女にそう告げる。

 大剣の女はアルヴァンの後ろを守るように陣取った。


「待っていたよ。カイラス・ヴァレンティア君」

「あんたが、アルヴァンか?」

「いかにも。ここまでの危険な長旅を終えた君に、敬意を表したい」


 外見は細く、貫禄がある。50代と言った所だろうか。

 白衣に身を包む姿は研究者であり、彼が理知的な人間である事を想像させる。


「やけに到着が早かったが、君の手腕という事か?」

「いいや、道中で龍に遭遇してな。逃れる為走り続けた結果だ」


 研究者共がざわつく。

 表情には驚きが垣間見えるが、それをアルヴァンの言葉が遮った。


「君の帰りは、より安全且つ確実なルートを提供しよう。危険に晒してすまなかった」

「26km先にある、コロニー062を通って山岳地帯を迂回するルートか?」

「よく調べているな。この旅より少し長くはなるが、そちらが確実だろう。出発の日になれば、私の方で支援をする。ミリセア君をここまで運んでくれた事、感謝しよう」


 アルヴァンがミリーに対して手招きをした。朗らかな瞳は、さして悪意など無く見えるが。


「その前に、俺に全て説明してくれないか」

「……なんの事かね?」

「ミリーをここまで連れてこさせたのは、身の安全を確保する以外に何か真の意図があるんだろう?」

「どうしてそう思う?」

「本当に家族として受け入れるのならこんなに大人数を招集する必要は無いだろう。その上あんたは気付いてないかもしれないが、ほとんどの護衛兵共に睨まれててな。是非ともその理由を教えて貰いたい」

「……」

「アルヴァンさん。カイに、全部話してください」


 ミリーがそう口を挟むと、アルヴァンの表情が少し陰る。

 やがて観念したのか、また表情を戻して、話を始めた。


「気にするなという方が、無理な話だな。私も君程の魔術師とはいい信頼関係を築きたいと思っている。私が考えていた、全てを話そう」


 恐らくそれが、この旅の真相なのだろう。

 アルヴァンは少し間を開けて、重々しく口を開いた。


「私の名は、アルヴァン・フローラではない。本当の名は、アルヴァン・エリオス。君を騙してここまで旅をさせた事を詫びよう」

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