レール・ライフ

小狸・飯島西諺

短編


 小学5年生の時、通院していたメンタルクリニックの紹介で、臨床心理士の先生と面談する機会があった。


 当時は、僕の人生で最も地獄を見た時期であったと、大人になっても思う。


 学校では、暴力を伴ういじめがあった。


 家では、毎日のように父と母からの暴力が絶えなかった。


 僕の居場所は、どこにも存在していなかった。


 やがて騒動を聞きつけた近所の方の通報により、児童相談所と警察が来、紆余曲折の末、僕は遠方の親戚の家に引き取られることになった。


 小学校も転校した。


 しかし、新しい学校でも馴染むことができずに、不登校になった。


 心療内科には、親戚のおばさんとおじさんが勧めてくれた。


 父親と同じ血が通っているとは思えないほどに、二人は僕に優しく接して、僕のことを考えてくれた。


 申し訳ない気持ちの方が、強かった。


 せっかく僕を引き取って、世話までしてくれているというのに、僕はそれに応えることができず、不登校になってしまった。


 なんて駄目なんだろうと思った。


 死んでしまいたいと思った。


「どうして、そう思うんだい」


 先生は、淀みなく続けた――ように思う。


 うろ覚えである。


 多分、そういう子どもの対応に慣れている先生だったのだろう。


「世の中は、一度脱落してしまった人間には、手を差し伸べないようにできています。僕の家は、育ててもらったお父さんとお母さんには申し訳ないけれど、決して帰る場所ではありませんでした。僕の通った学校は、担任を持ってくれた先生には申し訳ないけれど、行く場所ではありませんでした。僕には、どこにも、何もありませんでした。そういう僕自身が、将来、まともに、等身大の大人として、社会に出ることができるとは到底思えません。反対に、僕を殴った同級生は、僕を蹴った両親は、当たり前のように、敷かれたレールの上の人間でいることができる。ズルいと思います。だけれど、それも『仕方ない』んですよね。だって世の中がそういう人を許す仕組みになっているんだから」


「…………」


 先生は黙って、僕の言葉が紡がれるのを待った。


 僕は、口が勝手に、まくしたてるように、しゃべっていた。


「環境が変わっても、僕は変わることができませんでした。駄目な僕は、駄目なままでした。変わろう変わろうと頑張れば頑張るほど、当時のことを思い出して考えがまとまらなくなります。誰も僕を助けてくれませんでした。皆僕を見て笑っていました。生きていることが馬鹿馬鹿しくなりました。肩に力が入らなくなりました。頑張ることが、嫌になっちゃいました。でも、子どもの頃はそれで良くっても、そういう大人って、世の中に必要ありませんよね。だから僕は、子どものまま、死にたいんです」


「…………」


 先生は、何も言わなかった。


「どんな過去があろうと、どんな経験があろうと、社会が必要とするのは、健康で、優良で、まともで、恵まれていて、かつてクラスメイトを平然と殴ることができるようなカースト上位にいて、普通に笑顔ができて、コミュニケーション能力があって、即戦力になれて、自分の力で自立して社会に貢献することができる人間でしょう。それが、『普通』なんでしょう? それが、『一般』なんでしょう? しかも社会って苦しくて、辛くて、どうしようもなく逃げたいくらいしんどいんでしょう? 父が毎日のように愚痴って、ストレスだとか言って、僕を蹴飛ばしてましたよ。実際ネットで検索すれば、やれ上司からのパワハラだの、やれ年間自殺者数増加の上昇だの、やれ旦那殺すだの、苦しいことばかりじゃないですか。どうせ皆苦しいことに耐えている自分に酔っているだけなんでしょう? だったら、もう無理ですよ。僕には、もう頑張るエネルギーは残っていません。もう、世の中を耐えきれるとは思えません。そんな軟弱な奴、社会に要らないでしょう。学校と家とで、もう全部使いきっちゃったんですよ、生きる力。改めて、教えて下さい、先生。楽に死ねる方法を」


「私は」


 しばらくの沈黙の後、先生は続けた。


「君に生きていてほしいと思います」


「どうしてですか」


「生きていなければ、治療ができないからです」


「治療――」


 それは、僕にとって、少し想定外の答えだった。


 スクールカウンセラーや担任教師がそうだったように「そんなこと言うな」とか「そんなこと言って死ぬ気なんてないんでしょ」とか、そういうことを言われると思ったからである。


「そう、治療です。私たち臨床心理士は、精神科の先生とは違って、言葉や、行動によって、健康回復を支援する者です。そのためには、君には生きていてもらわないと、どうしようもないのです。今日だって、きっとたくさん死にたいと思ったことでしょう。そんな中、良くここまで、クリニックまで来てくれました」


「それは――親戚のおばさんおじさんに、迷惑を掛けたくなかった、から」


「いいですか。人は人に、迷惑を掛けてもいいんです」


 それは、目から鱗の落ちる言葉であった。


「君の言う『社会』だって、そうやって成り立っているんです。勿論もちろん君の言うように、苦しく、辛く、しんどい時だってあります。それは認めましょう。。今見たら明るくない将来でも、暗雲立ち込めていても、お先真っ暗でも、見えていないだけで、レールはたくさん敷かれているんですよ。本当に何一つレールが無ければ、君は私のところに来る前に死んでいたのではありませんか。でも、そうではない。どこに向かうか誰にも分からないというだけで、確実に、君が進んでいるところに軌跡はあります。だから生きているんです」


「ぼ――僕には」


 途中、言葉に詰まった。


 どんな状況でも流暢りゅうちょうに喋ることができるのが、唯一の取り柄だったはずだろう。


 なぜだろう。


「何もないんです。生きている価値がないと言われてきました。生きている意味がないと言われてきました。産まなきゃ良かったと言われてきました。地獄のような日々を越えてきて、今、その通りだと思っています。僕は人に迷惑を掛けるだけの存在だ。将来まともに働くことができるかも分からない、中学を卒業できるかだって怪しい、そんな――そんな自分なんて」


 


 僕は言った。


「それでも、変わりたいと思ったのでしょう?」


「…………」


 変わりたいと思った。


 変わろうと、した。


 無理をして新しい小学校に馴染もうとして、失敗した。


 おばさんやおじさんに迷惑を掛けないように、ちゃんとした一人の人間として振る舞おうとした。


「でも……できなかったじゃないですか。何も、何にもならなかったじゃないですか。いじめも、暴力も、虐待も、学校も、家庭も、全部駄目で、駄目なまま、変わることができなかった。ちゃんとすることができなかった、頑張れなかった」


「あなたは、良く頑張っています」


 先生は、言った。


「もう、無理をしなくて良いんです。を、一緒に探していきましょう」


「そんな、都合の良いもの、あるわけ――」


「あります。言ったでしょう? 世界は、苦しいことばかりじゃないと」


「っ……」


 僕は、声を殺して泣いた。


 そこから先のことは、良く覚えていない。


 何せ小学生の頃のカウンセリングの記憶である。自分にとって都合よく改竄かいざんされていることだろう。僕だって、実際に流暢に話せていたかどうかなんて定かではない。


 それでも。


 あの頃の、擦り減って擦り減って、もうどうしようもなくなった自分にとっては。


 唯一見えた光だったのだ。


 *


 それから結局僕は、小学校、中学校と不登校のまま、義務教育を終えた。


 不登校の最中、小説を書くようになったのは、皆が中学2年くらいの頃である。


 卒業後、通信制の高校に入学して、通学と通院と、カウンセリングのかたわら、こうして小説を書いて、ネットに投稿し続けている。最近は勉学が少々おろそかになるほど、小説に熱中してしまった。アップした小説の数は、300を越える。数が多ければ良いという訳ではないけれど、最近は公募の新人賞に応募しようかとも思い始めている。


 いまだ、将来が像を結ぶことはない。


 だから「生きていればきっと良い事があるよ」なんて調子の良いことは、僕には言えない。


 それらが僕の小説に鮮明に反映されていることは、読者の皆々様にもお分かりの通りだ。


 僕が書く小説は、どうしようもなくなってしまった者たちが、どうしようもないなりに、生きる選択をする話ばかりである。


 生きて、いる。


 今はそれで良いかな――と、僕は思うことにした。


 


《Rail Life》 is the END.

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