20年分の答え合わせ
木谷日向子
第1話
それは、2025年最初の大きな驚きだった。突然、20年来の親友から、小学校の同窓会グループLINEに招待されたのだ。
な、なんで? どういうこと?
とまどいで、体は震えた。なにせ、小学校を卒業してから、親友ひとりとしか、今現在まで繋がっていなかったからだ。
親友のIちゃんとは、小学校を卒業して、中学校が別々になって離れてから、高校でまた再会した。以来、気兼ねなく他愛ない話でいつでも連絡したり、さびしい時は電話をつなげて、互いに話しながら部屋の掃除をしたり、いろんなところへ一緒に出かけた無二の友になっていた。
そんな彼女経由で、連絡を取っていなかった小学校の同級生のつながりの海へ、いきなりぽんと、解き放たれた。
親友は別の友人経由で、そのグループLINEに招待されたそうな。正直、最初は怖かった。様子見で、しばらく招待を受け入れるのにためらってしまったほど。
私の小学校は、丘の上にある閑静な住宅街に囲まれた、土地が広くて落ち着いた市立の学校だった。クラスも2クラスしかなくて、通っていた当時は、別クラスの人の顔と名前も全員一致できていた。皆個性ゆたかで、親友とふたりで遊ぶときは、よく小学生時代の話題になった。「ちびまる子ちゃんで描かれているようなひとたちがいた小学校だったよね」と、自然と思い返すだけで、笑いがあふれていた。それくらい、粒ぞろいの面白いひとたちが揃っていた。
神奈川県の中の、田舎のほうの学校で、小学生ながらグループワークが盛んで、真面目で自分の意見をはっきり言える子が多く、一度授業の様子を取材しに、どこかのかしこまった大人が教室のすみに立っていた記憶がある。
小学4年生のときに、4歳から10歳まで暮らした、慣れ親しんだ大阪から私は転校してきた。初めて登校する日、馴染めるか怖くて、どきどきしていたけれど、クラスのドアを開けた瞬間、たのしげな歌と音楽に包まれて、とても驚いた。歓迎会をひらいてくれて、すぐに仲良くなることができた。そんなすてきな小学校だった。
でも、卒業と同時に、ほとんどのひととは中学が別々になってしまった。「イノコリレンジャー」とグループ名をつけて、毎日のように放課後に居残って隠れ鬼をしていたメンバーも、ばらばらになってしまった。
中学で一度再会し、大学生になって、2回ほど集まったくらい。社会人になってからは、まだ私が会っていないメンバーと繋がりがあった親友経由で彼女たちの近況を聴いて、元気そうだと安心するだけになってしまっていた。
こんなに時間の距離ができてしまったのに、今さら私が顔を出して、会いたかったと思ってくれるひとなんて、果たしているのだろうか? もしかしたら、当時私のことを嫌っていたひとも、中にはいるんじゃないだろうか。
勝手に悪いほうへと思考がいってしまい、不安な気持ちがむくむくとふくらむ。それでも当時特に仲が良かったイノコリレンジャーのメンバーと、親友が参加するのなら、と勇気を出して、準備で遅れること15分。なんとか会場のお店へ辿り着いた。
先に行っていた親友のとなりの席に座ることしか頭になかった私は、元気な声で「木谷さん!」とまっさきに呼ばれたことにびっくりした。「すぐに、木谷さんだってわかったよ」と言って、近寄ってくれた綺麗な女性。私もすぐに誰だかわかった。
子どものとき、アイドルにあこがれていたMちゃんだ。どれだけ大人っぽく、きれいなお姉さんになっても、雰囲気とおもかげと、あかるい話し方ですぐにわかった。人の記憶って不思議だ。思いがけないことをきっかけに、忘れていたことが舞い戻る。他のひとも、全員すぐに誰だかわかった。皆も、私が誰だかすぐにわかって、笑顔で話してくれた。担任だった先生もふたりいらっしゃっていて、全然顔が老けていなかった。
行く直前まで、親友に「行くのが怖い」とメッセージを送っていた私が、嘘のように誰とでも楽しく、社交的に話していた。おしゃべりの熱も、なつかしさの波も少し落ち着いたころ、今は定年退職をされた、当時の担任T先生の提案で、今何をしているのか、改めてひとりずつ自己紹介をしていくことになった。女性パイロットになっていたり、IT企業のキャリアウーマンになっていたり、数人のお子さんのお父さんになっていたり。皆活躍している場所は違っていても、すてきな大人になっていた。
私は自分の番が来ることに、緊張していた。それは「あること」を言うか言わないか、で悩んでいたからだ。その「あること」とは、小学生の頃抱いていた夢を、少し叶えたよ、という報告だった。
私の夢は、子どもの頃から漫画家になることで、それはさらに昔の幼稚園生のころから変わらなかった。小学校の卒業文集にも、「夢は作家になること」と恥ずかしげもなく堂々と書いている。周囲も応援してくれていた。でも成長するにつれ、夢が作家ということは、恥ずかしいことと思ってしまって、あんなに堂々と言っていた夢は、心の奥深くに隠してしまっていた。それでも光は失わずに、自分なりに頑張って、働きながら物語を紡ぎ続けた。大人になってからは、絵よりも文章で脳内を表現するほうが得意なのかな、と小説にも挑戦し、ここ数年で、小説と漫画どちらも賞をいただけて、出版社で担当編集者のかたにもついていただけた。
この小学校の皆になら、あのとき堂々と言えていた夢の話をできるかもしれない、と決意し、今の自分の話をした。すると、最初にひとりの男子から「かっこよ!」という声があがり、皆歓声をあげてくれた。とてもうれしくて、私のほうが言葉が出ないくらい驚いていた。
作品が売れて、それで生活できているわけでも、誰もが知っている有名な作家になったわけでも、なんでもない。一部のひとが喜んでくれれば、それだけでしあわせを感じている、ちっぽけな私を、ヒーローのように言ってくれる人たち。それはあのころ、自由帳に描いたささやかな絵や漫画をよろこんで読んでくれていた姿と変わらなかった。そして、クラスのドアを開けたら大歓迎してくれた、転校初日の朝とも。
夜遅いからと、二次会のカラオケへ向かおうとする皆と別れて、親友とふたりで、いつもの道を帰った。
「もし嫌なことが起きたら、二度と行かない」と、とても怖がっていたのが嘘のように、「また来年も開催されれば行こうね」と、満面の笑顔で言う私に「ほんと。私よりしゃべってたよ」と、呆れて笑う親友。彼女が誘ってくれたから、また皆と再会できた。本当にありがとう。ずっと彼女を信じて、一緒に人生を歩んできて良かった。いつも親友と盛りあがっていた、もう一生会えないと思っていた小学校の同級生たちの、社会的地位をどれだけ持つようになっても、変わらぬ性格と顔立ち、そして温かさに、20年分の答え合わせができた気がした。次に会うときは、どれだけ成長できた自分を見せられるかな。小学生のときの私と出会ってくれた、すてきな近所の子どもたちと、先生に、乾杯。
今度はさほど時を空けずに、また会いましょう。
20年分の答え合わせ 木谷日向子 @komobota705
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