再教育センター
班の持ち場に戻り、皆の顔を見た途端ホッと息が漏れて肩の力が抜けた。此処にはユーリを哀れな孤児扱いする者も、好奇心で根掘り葉掘り聞いてくる者もいない。
「ただいま戻りました」
「お帰り。なんか表情冴えなかったけど、他班の班長に囲まれて緊張した?」
「それもあるんですけど……」
起きた出来事を話すとなると、自分のことにも触れなければならない。なにより、いま口を開いたら愚痴大会になってしまいそうだった。いまのユーリには彼の悪口にならないよう説明する語彙がなく、困った顔をすることしか出来ない。
見かねたディルク班長が、ユーリの頭に手を乗せて口を開く。
「五班の新人にちょっといつかのアイツに似た奴がいてな。まあ、色々あったんだ」
「あー……」
ディルク班長の言葉で、班員たちは「なるほど」といった表情になった。わかっていないのは、いつかのアイツとやらを知らないユーリだけだ。
「何年か前にも今回みたいなことがあってな。うちの班に来た新入りだったんだが、問題行動ばかり起こす奴だったんだ」
「え……前にもあったんですか」
ディルクは頷いて、一度班員たちのほうを見てからユーリに視線を移した。彼らは構わないと言う代わりに頷き返しており、全てを班長に任せる姿勢を取っている。
以前の新人は、ガブリエラの同期でありお互いに少年期を知る者同士でもあった。第二成人でチーム入りした彼が最初にしたことは、班員との雑談ネタにガブリエラの名前と幼少期の写真を持ち出して笑いものにすることだった。
ガブリエラは戸籍登録の際に父親がスペルミスをしてしまい、女性名で登録された男性である。しかも幼少期から少年期にかけては少女のような容姿をしていたため、名前も外見もひどいコンプレックスとなっていた。
そのことを知っていながら『自分が馴染むためのネタ』としてガブリエラの過去を消費し、挙げ句に思っていたほど受けなかったことを逆ギレするという考え得る中で最悪の態度を取った。
更に、第一成人で同じように新入りとして働いていたエミールのことも職場体験のガキと揶揄するなど、仕事をしに来た人間とは思えない言動を繰り返した。
その結果、件の新人は過去最速を記録する早さで即日解雇。更に再教育センターへ移送される運びとなったという。
「再教育センター……噂には聞いたことありますけど、本当にあるんですね」
「基本的に、二十五年生きてて最低限の社会性も持たない奴はいないからな。多少の難はあっても、他人と関わるうちに改善されるもんだ。けど稀に、例の新人のようなどうしようもないのも現れる。精神鑑定や心理分析をして一定の点数を獲得できない奴は其処へ送られるんだ」
「そうなんですね……俺も気をつけないと」
「お前はまだ第一成人だからな、ちょっと失言したくらいで即送還だなんてことにはならないから安心しろ。大事なのはその後だ」
「その後、ですか」
ディルク班長はユーリの頭をわしゃわしゃかき混ぜてから、微笑を見せる。
「過去の件も今回の件も、共通点があるんだがわからないか?」
「えっ……ええと……」
言われて考えてみるが、ひどいことを言った。という事実しか思いつかない。だがもし本当にそれだけなら意見が合わずに喧嘩をしたり酔っ払って言い合いになる度に再教育センターの出番が来てしまう。さすがにそれはないだろう。なによりユーリも以前、アングルス博士の一族に関して失言をしている。言ってはいけないことを口にするのが条件であるなら、ユーリも送られていないとおかしい。
そうなっていないなら、条件は何だろうか。うんうん唸りながら考えるも、やはり思いつかない。
ユーリが困った表情でディルク班長を見上げると、くしゃくしゃになったユーリの髪を撫でつけながら口を開いた。
「注意に対して著しく改善が見られない場合、だ」
「あ……」
挨拶のあとファブリツィオは班長に注意されても構わず、ユーリのプライバシーに踏み込もうとし続けた。更には、ユーリが後ろめたいことを隠しているに違いないと決めつけ、ヘラヘラ笑いながら言えないことでもあるのかと食い下がった。
ディルク班長は詳しく話さなかったが、ガブリエラのときもそうだったのだろう。当時の班長が注意しなかったとは思えない。にも拘わらず、班長は「繰り返した」と表現した。
「自分のしたことを咎められるのは誰だっていい気分はしないよな。でも咎められるようなことを言われた側はもっと傷ついてるし、咎める側だって好き好んで注意するわけじゃない。わかるだろ」
「はい」
ユーリの脳裏には、アングルス博士の一族への失言の際に見せた、班長の苦しげな表情が浮かんでいた。言いたくないことを言わせてしまった、忠告する側も楽しくてしているわけではないのだと、気付くことが出来たのはあの件があったからだ。
「今回の俺のもそうですけど、ガブリエラ先輩の件もエミール先輩の件も、自分では今更どうすることも出来ないことじゃないですか。そんなの言われてもどうしろって感じですよね」
「だな。だからこそ、その後の態度が評価に関わるんだ」
「肝に銘じておきます」
最後に今一度ぽんぽんとユーリの頭を撫でると、ディルク班長は切り替えるように「さ、仕事仕事」と声を上げた。
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