本の世界に見る景色

 仲直りに安堵したリーシャは、雪衣に一つのデータチップを差し出した。タグには『変異種の歴史』『異能分類学』『喪失の代償』と表題らしき文言が並んでいる。


「これは……?」

「わたしが持っているものの中で、読みやすくてお役に立ちそうな本です」


 本棚から電子書籍端末を取り出し、データチップの内容を転送する。インストールされた書籍は全部で六冊。そのどれもが地球歴時代から星歴のあいだに研究された、異能や変異種、生体接続に関するものだった。


「雪衣の力になれるものがあるといいのですけれど……」

「ありがとう、リーシャ。ずっと読み古した本を繰り返し読んでいたから、こうして新しい情報に会えるのはうれしいわ」


 ソムニアでは親が住んでいた家にそのまま子供が住み続ける場合に限り家賃を払う必要はないが、インフラ料金は発生する。外壁や内装の修繕、改装なども当然自費で行わなければならない。それに加えて、衣服や食事の料金と雪衣の医療費など必要な生活費用を考えれば、ユーリの稼ぎだけで娯楽費を捻出することは不可能に近い。

 雪衣の体調では図書館へ通うことも難しいため、リーシャの差し入れはこの上なくうれしいものだった。


「それでは、わたしはそろそろ帰りますね。今日は会えてうれしかったです」

「わたしもよ、リーシャ。また会いに来てくれたらうれしいわ」


 雪衣の言葉をかみ締めるように受け止め、リーシャは満面の笑みで「はい、ぜひ。また遊びに来ます」と答えた。ベッドを離れられない雪衣に代わり、ユーリが玄関へ見送りに出る。


「今日はありがとう。雪衣があんな元気に人と話すのを見るの、久しぶりだった」

「此方こそ、お役に立ててうれしいです。お邪魔致しました」


 丁寧にお辞儀をして去って行く後ろ姿を見送ると、ユーリは自室に戻った。明日も早い。仕事の準備をして寝支度を済ませ、日課である寝る前の自主学習を始める。

 一方雪衣は、お互い悲しみと後悔にまみれた前回と異なり笑顔で別れられたことに安堵して、人知れず小さく息を吐いていた。

 手元には、もらったばかりの本のデータがある。読み終わるまで何日かかるやら、楽しみで仕方ない。


「異能に関することの他にも、コロニーの歴史や星歴以降の年表もあるのね。幅広い知識が得られそうだわ」


 義務教育を受けていない、受けられない雪衣にとって、手元にある本だけが知識の全てとなる。異なるコロニーで起きた出来事や、百年戦争のこと。実際に見ることが出来ない外の世界にまつわるあらゆる景色を、雪衣は本に求めた。

 今日の読書に選んだのは、嘗て存在したコロニーに関する出来事を纏めた書籍だ。表題に『輝きを失った星たち』と書かれたそれは、いまは無きコロニーの在りし日の姿や何故喪失したかを、淡々と記したものだった。


「キヴォトス……」


 無きコロニーの中でも、殊の外詳しくページを割いて書かれているものがあった。他はだいたいイラストを含めても四ページから六ページに纏められている中で、その項目だけは倍近いページ数を誇っている。

 完全環境循環型コロニー、キヴォトス。

 ソムニアに並ぶ高い技術を持った超巨大コロニーで、いまは幽霊船と言われている廃星だ。


「百年戦争を越えて、これからというときに突然の音信不通……そして、近隣星系の調査で崩壊が発覚した。遠目でもわかるほどに壊れてしまったキヴォトスには難民や海賊船が押し寄せたけれど、誰も帰らず。そして……」


 キヴォトスに最も近い位置に存在していた中規模コロニーのヴェスペルではなく、当時は遠く離れた位置にあった星間移動型コロニー、カルペ・ディエムが先行調査に向かったのも謎である。

 ヴェスペルは過去もいまも、決してキヴォトスには近付かない。徹底的に不干渉を貫いており、他者が近付こうとしても止めもしなければ同行もしない。

 それゆえ各コロニーの研究者のあいだでは、ヴェスペルがキヴォトス崩壊の事情と真実を知っているのでは、との説も出ているが、肝心のヴェスペルが頑なに語ろうとしないため、未だキヴォトス崩壊の真実は謎のままである。

 百年戦争のきっかけとなった、新エネルギー体ラピスカロルや、高エネルギー物質フレイヤの発見と、過剰採掘。惑星の権利を巡って起きた大規模戦争。

 ただ文字を追っているだけで気が滅入るような出来事の連続があって、その果てにいまの平穏があるのだと実感する。


「そういえば、百年戦争が終結して少し経ってから思い出したようにソムニアが襲撃されることがあったみたいだけど……もしかして、キヴォトスから盗めなかったから代わりにソムニアから完全環境循環の技術を盗もうとしたのかしら」


 それらも結局は護衛艦ベアトリーチェと戦艦ヴァージルが撃退したのだが、もしもこの仮説が合っていたなら。


「キヴォトスもソムニアも、幾久しく平穏にとは行かなさそうね……」


 戦争に対する後悔の色が一色でないことを、雪衣は知っている。

 戦争をしてしまったことを悔いるならまだいいが、中には勝利できなかったことを悔いる者もいる。埋火のように燻らせ続けた結果、根付いた後悔を戦火に変える者がいることを、雪衣は知っている。

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