寄生害生物の星

 小惑星アングルス。

 地表を銀灰色の砂礫で覆った、鉱石の星だ。そう、当初は思われていたのだが。

 それは仮初めの姿で、ディリアの目には彼の星が隠していた真の姿が見えていた。意志を感じられない様子で地表を蠢く人だったものたち。いつどこから来たものかもわからない、古びた機械の残骸。それらにさえ取り付いている、星の主たち。


「悍ましいな。くそったれの寄生真菌共が」


 遠目には岩場にしか見えないゴツゴツした塊の群も、地表を覆う銀灰色の砂礫も、全てが真菌で出来ている。なにより、この星自体が巨大な真菌の塊で、鉱石どころかガスと胞子以外の物質がほぼ存在していないのだ。

 この真菌は、自らの胞子を小さな光を反射する鉱石や宝石に見せかけて有機生物をおびき寄せ、身につけている装備共々取り込んで体を浸食し、自我意識だけを奪って新たな仲間をおびき寄せる餌にするという、恐ろしい性質を持っている。

 そして、より恐ろしいのは――――


『――――、答願います! 応答願います! 誰か……!』


 アングルスを視認出来る距離まで近付いたとき。レーヴの緊急回線に、サフィール隊の信号から通信が入った。ノイズ交じりの声は、繰り返し焦ったような声で訴えているが、ディリアはそれには応えず、じっと押し黙って通信を聞いていた。


『部隊の皆が何だかおかしくて……此処に来てから、同じことしか言わなくなったんです! 俺は一人、部隊からはぐれたふりをして洞窟に隠れています! 誰か、誰か応答願います!』


 必死に救援を訴える、若い男性の声。しかしそれも徐々に弱まっていき、ぶつりと途切れたかと思うと、今度は同じ声で全く違うことを言い始めた。


『此処は安全です。どうか皆でいらしてください。此処は安全です。資源もたくさんあります。早く皆でいらしてください。此処は安全です。此処は安全です。早く皆でいらしてください。此処は安全です。此処は安全です。此処は安全です』


 先ほどまでの切羽詰まった声が嘘のように、穏やかな声で同じことを繰り返す。

 アングルスの真菌は、乗っ取った生物の記憶を読み取り、操る能力を持っている。家族を呼ぶふり。隊長に助けを求めるふり。友人に安全を伝えるふり。それらをまず行って多くの生物を呼び寄せるが、取り込んだ生物が死亡すると電気信号が止まってしまい記憶を読み取ることが出来なくなるようで、あとは同じことを繰り返す旧式のbotのような存在になる。そうなっては最早、はその人ではない。

 ディリアは通信を切ると、忌々しい仇を見る目でアングルスを睨み、一言。


「くたばれ」


 吐き捨てると共に、アングルス全域を覆うほどの空間圧縮フィールドを展開した。


「イヴェール、出力補佐を」

「畏まりました」


 立方体の空間圧縮フィールドでアングルスを取り囲み、少しずつ圧縮していく。

 半分ほどの大きさになったところで再び緊急通信が入った。


『此処は安全です。どうか皆でいらしてください。此処は安全です。此処は安全で、安全で、安全で、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか』


 下手な命乞いでしかない狂った通信は、やがてノイズ混じりになっていき、それも最後にはガサガサと古い紙袋を漁るような耳障りな騒音ばかりになった。

 圧縮に圧縮を重ねてアングルスを握りこぶしほどの大きさまで潰すと、ディリアは眉間の皺をといて溜息を吐いた。


「コイツが元はこんな程度の星屑だったって、誰が信じるだろうな」


 アングルスは他の有機物や無機物を取り込み、寄生し、増殖し、こぶし大から船が降り立てる大きさにまで成長した、恐るべき真菌性害惑星である。放置すれば周辺の星も命もあらゆるもの全てを食らいつくしてしまっていたことだろう。たとえそれが数万年という途方もない年月であったとしても。それでもこの危険物を星の海に放置することは、未来の宇宙に対する確実な損害を無視するに等しかった。

 圧縮したアングルスは更に上から解除コードのないロックフィールドを重ね、更に物理ロックである分厚い合金の箱に放り込んで、三十六桁のパスコードと指紋認証とイヴェールの声紋認証という、三重の鍵をかけた。それを特殊な封印溶液で満たしたカプセルに沈めて、それにもナンバーロックをかける。当然ながら箱のパスコードもカプセルのナンバーロックもメモに残すような愚行はしない。

 アングルスのような寄生性を持つ危険物は、此処までしてようやく母艦に持ち帰ることが出来るのだ。

 まかり間違っても、宇宙に投棄することはできない。鍵の上から破壊できる技術を持った外星存在はいくらでもいる。好奇心にせよ探究心にせよ、何らかの興味で以て破壊されては元も子もない。


「さて。戻ったら上層のクソボケ老害共を一発ずつ殴る仕事が待っているな」

「お手柔らかにお願い致します」

「わかっている。私のお手柔らかと世間一般のそれが一致するとは限らんがな」


 ディリアの怒りの根源を良く知っているイヴェールは、最低限従者としての責務は果たしたとばかりに、それ以上なにも言わなかった。


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