星海を泳ぐ魚

「急ぎ必要になった。港も開けてくれ」


 ざわめきと動揺が集中しているのも構わず、少女は話し続ける。

 見たところ彼女の年齢は中層の学習院中等科に通っていそうな――即ちフィーネの外見年齢である十二歳と大差ない程度に見える。目深にかぶったフードに隠れているためわかりにくいが、朱色の髪は意外と長く、大きな瞳は朱と金のグラデーションになっている。恐らく高価な義眼か、カラーコンタクトだろう。

 それらを加味すると彼女は少なくとも中層の高級住宅地以上の出身と思われるが、そんな子供が何故下層ドックにいるのか、ユーリは把握出来ずにいた。

 なによりも特に目立つのは、彼女が背負っている、背負子に似た巨大な箱だ。軽々背負っているようだが、外装の箱だけでも相当重そうに見える。

 そのアンバランスさもまた、ユーリの目を引く要因となっていた。


「そうか。……だめだったんだな」


 なにか知っているような物言いでアーヴィンが呟くと、少女は険しい表情で溜息を吐いた。


「言うまでもないだろ。上層は新たに偵察艦を一機寄越そうとしたが、私が断った。全く、お偉いさんのプライドは面倒しか起こさん。……全て、許可は得ている」

「わかった」


 アーヴィンは重々しく頷くと自身の右腕であるフリッツに声をかけた。フリッツは目礼だけして、即座に駆け出す。それからアーヴィンは、良く通る声でドック全体に号令をかけた。


「いまから港を開ける! 対象は戦鯨レーヴ! アーヴィン隊は直ちに出航の準備に取りかかれ!」

「は、はいっ!!」


 状況が飲み込めずとも、命令が下れば仕事をする。

 食べかけの昼食を慌ててバックパックに詰め込み、作業員たちは即座に持ち場へと駆け出した。ユーリもまた、一度チラリと少女のほうを見やってから、班長のあとをついていった。


「凄い……こんな船が……」


 小型艇を纏めて待機させている、立体駐車場のような場所から運び出された機体を見上げ、ユーリは思わず素直な反応を零した。

 無骨な鉄色の機体が多い中、レーヴという名の機体は派手な朱色をしていた。丁度あの少女の髪色と同じ、鮮やかな朱だ。形は琉金に似ており、宇宙船というよりは、水中を泳ぎそうな形をしている。

 揺らめくひれや赤く輝く宝石のような瞳、なめらかな曲線を描く機体にはうっすら鱗の模様が浮いて見える。外からでは何処にコックピットがあって中はどんな作りになっているのか想像もつかない。

 どれほど見る目のない新人や素人の目にも明らかな、職人技が光るオーダー機だ。


「専有機を見るのは初めてか、新人Küken君」


 号令の声に大慌てで追いかけては来たものの新入りに出来ることはないと言われてしまい、大人しくドックの隅っこでアーヴィン隊の仕事を眺めていたユーリの隣に、先の少女が寄ってきた。

 ユーリが肩を跳ね上がらせたのを見た少女が、クツクツと喉を鳴らして笑う。


「えと、はい……あんなカスタムもあるんですね」


 何処をどう見ても同い年か年下だが、アーヴィンとの会話や周りの様子を見、一瞬迷ってから敬語を選択した。少なくとも上層に意見が出来る立場であるようだしと、ユーリが若干の緊張を滲ませているのも構わず、少女は淡々と答える。


「ああ。私の仕事は、とにかく目立って敵の視線を集めまくることだ」

「え、じゃあ、戦艦の乗員さんだったりするんですか?」

「いや」


 ユーリの疑問に、少女はただ一言だけを答えた。ならば何であるのかを伝える気はないらしく、ユーリもずけずけ聞ける性格ではないため会話が途切れる。

 代わりに特殊な機体を見上げ、じっと観察した。本当に見事な作りで、確かに暗い宇宙にこれほど鮮烈な朱が飛び込んできたら、つい見てしまうだろうなと思った。

 計算され尽くした流線型のボディだが、空気抵抗を考慮しなくていい宇宙空間では然程意味をなさない。この朱い機体は、ただひたすらに衆目を集めるためだけに進化した、星海品種の魚なのだ。


「今回もそれが必要になるかは、行ってみないとわからないんだが、まあ……」


 其処で一度言葉を切り、少女は眩しそうな目で機体を見上げて微笑わらう。


「やはり仕事は、相棒とするに限るからな」


 それは、ユーリが憧れてやまない職人プロの言葉だった。



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