奴らはみんな生きている

如月姫蝶

踊って許しを乞うとんねん……

「ほな、ベタな質問からいかせてもらいます。ブレイキンを始めはったきっかけは?」

「ずばり、鰹節ですわ」

 チャンピオンは決して、男だてらにお嬢様言葉を放ったわけやない。俺と同じく、大阪弁の使い手なんやが……

「ちょっと、何言うてはるのか、わからへん」

 俺は、シパシパと目を瞬いた。


 テレビ局がブレイキンのチャンピオンにインタビューを申し込んだら、OKやった。

 ただし、場所は、地元のお好み焼き屋を指定してきよったんや。

 せやさかい、チャンピオンと面識はあらへんけど、地元感満載の大阪芸人たる俺が、インタビュアーを務めることになったっちゅうわけや。


 チャンピオンは、ピッカピカのパツキンと、「天下無双」ってプリントされたTシャツ姿で現れよった。

「うわ、かっこええですやん!」

 お世辞やないて。チャンピオンともなれば、そんな四文字熟語かて許されるやろし、イケメンちゅうのは、どないな格好しとっても、結局イケメンやねん。

 それこそ、「天上天下唯我独尊」とか刺繍した特攻服でも、食いだおれ人形のコスプレでも、スッパリ着こなさはるやろな〜。まあ、芸人でもない初対面の相手に、そこまでは言わへんけど。


「あ、先に言うときますけど」

 チャンピオンは、爽やかな笑みを浮かべた。

「この店で、わざわざ『大阪風』とか言わはったら、ハリセンでスパーンといかせてもらいますんで」

 お、おう。お好み焼きを語るうえで、むやみに「大阪風」だの「広島風」だの言うんは、あまりにもセンシティブやからな。知っとるわ。そこへ東京発祥説をひとつまみ加えたりしたら、出禁どころか生きては帰れんかもしれん。

 それにしても、ノリが芸人寄りのチャンピオンやな〜……


「——ブレイキンを始めはったきっかけは?」

「ずばり、鰹節ですわ」

「鰹節ぃっ!? って、これでっか?」

 俺ら二人は、お好み焼き屋の客席で、鉄板を挟んで向かいうとった。鉄板の上では、チャンピオンお手製のお好み焼きが、既に鰹節をふりかける段階にまで到達しとったんや。

「ちょっと、何言うてはるのか、わからへん」

 俺は、シパシパと目を瞬いた。


「せやかて、鰹節は踊るでしょ? 生きてるみたいに」

「ああ、お好み焼きに乗せたら、ヒラヒラ動くさかい、冗談で言うたりしますわな。鰹節は生きてんねんで、て……」


「サービスの牛タンや。たんとおあがり」

 そこへ、エプロン姿のオバチャンが割り込んだんや。

「なんやて?」

「あ、母です。ここの経営者なんですよ。言うてみたかっただけやと思うから、もう一回言わせたってください。ほら、お母ちゃん!」

「……牛タンや。とおあがり」

 オバチャンは、頬をほんのりと赤らめつつ、カメラ目線で言い切ってから退場した。ええ度胸や。ご馳走になります!


「俺が四歳くらいの時に、あの母に吹き込まれたんですよ。『鰹節は生きてんねん。踊って許しを乞うとんねん』て……」

「うわ! 冗談やろけど、言い方がちょっとホラーですやん」

「でしょ? 俺、すっかり信じてもうて、おうて、その日の晩は、布団に入ってもなかなか眠れへんで……そしたら、夜中に、母がバーンと部屋のドアを開けて言うたんですわ。『鰹節は、自分よりもダンスの上手な人間のことは認めて、大人しゅう食べられてくれるんや。あんたもダンス教室にかよたらええんや!』って……もう、アニメに出てくるバトルの師匠みたいなど迫力でしたわ。それで、近所のダンス教室でブレイキンを習うようになって……」

「ちょう待って! もしかしてお母さん、ダンス教室の回し者やったんですか?」


「ちゃうねん、ちゃうねん! この子、やたらと食が細かったさかい、なんとか運動させたら食べてくれるんやないかと思うたんや!」

 おう、オバチャンがリターンした。いきなり俺の肩口に手を置く辺りが、大阪マダムの距離感やな〜。

「母の思う壺でしたわ。ブレイキンを始めてから、食欲が出て、気がついたらチャンピオンにもなってましたわ」

 天下無双の男は、しれっと言いよった。


「うわ、かっこええな〜……ところでお母さん、なんや、エプロンの下に仕込んではりません?」

 大阪マダム的至近距離のおかげで、俺はそのことに気づいたんや。

「ああ、これはな〜」

 オバチャンは、待ってましたとばかりに、バサーッとエプロンを脱ぎ捨てた。

 そしたら、紫色の特攻服が現れたやないかい! それも、「天上天下唯我独尊」の刺繍入りや!

「これ、お父ちゃんの形見やねん。お父ちゃんは若い頃、ヤンチャやったさかい」

 オバチャンは、またも頬を赤らめた。


「俺は、ヤンチャで親父を超えてもうたら、お母ちゃんに迷惑かけてまう〜思うて、文字数制限して、四文字なんですわ」

 チャンピオンは、Tシャツの「天下無双」を見せびらかした。

「なるほどな〜、八文字vs四文字! 親孝行のための50パーセントOFF!」

 俺は、脱力しながら、くるんと一回転した。


「あの……うちは、お父ちゃんに先立たれてしもうて、『独尊』やないけど『独身』やさかい、ボーイフレンド募集してますぅ。息子よりは年上で、息子よりもええ男はんプリーズ!」

 オバチャンは、いきなり出会いを求めて告知した。

 その傍らで、チャンピオンもうんうんと頷いたのである。

「え? え! ええんですか!?」

「せやかて、お父ちゃんがうなったからって、いつまでも息子ひとすじやったら、束縛してしまうことになるでしょ?」


「あ〜〜〜! なるほど。それは、いかにも大阪風の親子愛というか……」

「え? 言っちゃった、『大阪風』って」

 チャンピオンは、ニヤリとわろたやないか。

「へ?」

 俺は、目ん玉を引ん剝いた。

「いやいや、俺は、お好み焼きについては一言も……」


 ここで、スタッフによるビデオ判定が行われた。


「はい、『この店で』言うたらあかんのでした……」

 俺は、勘違いを認めざるを得なかった。

 そうこうしているうちに、スタッフは、チャンピオンとマダムに恭しくハリセンを差し出したんや。手回し良すぎやろ!


「「ダブル・ハリセーン!」」

 ほんまにスパーンとええ音がした。さすがは大阪人、ハリセンを扱い慣れとるようやな。


「お母ちゃん、ハリセーンよりハリケーンのほうが、かっこええかもしれへん」

「せやな」

「「ダブル・ハリケーン!」」

 親子スパーン再びぃっ——


「もうええわ!」

 俺は、素人さんの親子に、おいしいところをガッツリと持って行かれて、ネタを終える定番のフレーズを叫ぶしかあらへんかった。


 

 

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