未完(完)短編集

kon

虹色の花

第1話 むかしむかしの話

1、「むかしむかしの話」


小さな小屋の中、暖炉でぱちぱちと薪が燃えている。

外はしんしんと雪が降る。

老婆と少年一枚の布団の中で身を寄せ合っている。


「おばあちゃん、いつものお話、して」


少年が無邪気に言う

老婆は優しく笑うと


「いいだろう、よくお聞き」


と、話始めた。


―――むかしむかしの話でありました。

あるところに、それは、それは美しい花が咲いていました。

虹色に輝く花でした。

その花を見たものは、心がぽっと温かくなり、新しい夢を見るといいます。

美しい夢の中で、晴れやかな希望を抱き、幸せな気持ちで眠りから覚め、魔法の力を得ました。

いつもその花はそこに咲いています。

あなたが見に来るのを待っています。

あなたに魔法を授けるために。

さて、もうお眠り。

夢の中で花を探しましょう。―――――


老婆が話わる頃には少年はウトウトとしている。

老婆は少年の額をそっと撫でた。








―数年後―


「それじゃあ、ばあちゃん、行ってくるね」

「くれぐれも魔草には気を付けるんだよ」

「大丈夫だよ。」


青年は小屋を出る。

ぐっと伸びをして、坂を下りていく。


降りた先には小さな村。

広場に着くと、荷物を下ろす。


「イオ!見てよ、これ、昨日すりむいちゃったんだ」

「どれ、見せてごらん。あぁ、このくらい、すぐ治るさ」


イオ、と呼ばれた青年は、駆け寄ってきた少年の膝に手を当てる。

柔らかい緑色に光るとみるみる内に、少年の膝の傷がきれいになっていく。


「わぁ!もう痛くないや!ありがとう!」

「どういたしまして」


少年が駆けていく。

すれ違うようにして、少年の母親がやってくる。


「あぁ、イオ…ありがとう。でもいくらイオでもこんなところで誰かに魔法を使っちゃいけないよ。それになにもあんたにお礼はできない。」


イオは優しく微笑む。


「心配ないよ。ところで今日はリリーは?」


イオの言葉を聞いて少年の母親の顔色が曇る。


「…どうしたの?」

「リリーはね…」


そこまで言うと母親は泣きだした。

イオは慌てて駆けだす。


リリーは少年の姉でイオと同じ年の少女だった。

気立てが良く、魔法を使うのが上手かった。

村の仕事を良く手伝う、笑顔が素敵な、大切なイオの友達だ。


「リリー!」


イオは教会の扉を勢いよく開く。


そこにはいつものリリーの姿はなかった。

明るかった瞳は暗く濁っている。

イオを見ると上がる口角は、下がったままだ。

「イオ!」と呼ぶ鈴のような声も聞こえない。


「イオ…来たんだね」


リリーの代わりにイオを呼んだのは教会の神父だった。


「神父様、リリーは?」


イオが言うと神父は首を振る。

そしてリリーの肩に触れ、イオに見えるように指を差した。


「見えるかい、この烙印が」

「うん。よく見えるよ。来たんだね、魔王の使いが」

「守ってやれなかった」


神父が肩を落とす。

イオはリリーの肩に押された烙印に触れた。


魔王は人の夢を食う時に、使いを寄越す。

その使いは、夢を食ったしるしに烙印を押していくのだ。

まがまがしい、食いちぎられたようなそんな痕だった。


イオは頭の中でイメージをする。

温かく、やわらかいリリーの笑顔。

元に戻りますように。そう願って。


手元が緑色に光る。

烙印は消えない。


「イオ、だめだ」


神父はイオの肩に触れる。


「魔王に夢を喰われたものはどんな治癒魔法も効かないと、君もわかっているだろう。それに、もちろん私だって試したさ。聖職魔法でも効かない・・・。それより、きっと次は君だよ、イオ。きみは人のために魔法を使いすぎる。見つかりやすくなるよ。気をつけなさい」



夢喰いの被害はこの世界で著しい被害を出していた。夢見る若者から犠牲になっていく。魔王城から遠いはずのこの村も例外ではなく、リリーだけでなく、イオと同じくらいの若者は次々に被害にあっていた。

夢喰いの被害に遭ったものはイメージする力を失い、魔法は使えなくなる。

魔法のない生活に慣れるまで教会で保護される。

この世界では、魔法の力の根源は、イメージ。

また魔王の手先は、人が誰かのために使った魔法を検知して襲ってくるという。

夢を食われた大人たちが増えていき、世界中が夢を見ること、誰かのために魔法を使うことを恐れ、そして夢を忘れていった。


イオは肩を落として教会をでる。

村の人々の話し声が聞こえる。


「あぁ、リリーまで食われてしまったのね」

「あの子いつか冒険に出るなんて夢を見ていたからよ。それに村の子供たちにいつも魔法で花を見せていたらしいじゃない」

「やっぱり夢は見るもんじゃないわね」

「誰かのために、なんてよくないわ」


イオはギュッと目をつむり、駆け出した。



世界中の親が子どもたちに言い聞かせた。

「いいかい坊や、夢をみたらいけないよ。夢を見たら魔王が食べにくるからね・・・人のために魔法を使ってもいけないよ、魔王に見つかってしまうから・・・」




「ただいま、ばあちゃん」

「おかえり、イオ。リリーのことは聞いたよ。悲しいね・・・でもね、負けちゃいけないよ。ほら、顔をお上げ」


老婆はイオの顔に触れて視線を合わせた。


「イオ、忘れちゃいけないよ。夢を持ったら魔王に食われるが、夢を失ったら魔王に負けてしまう。かつて魔王に打ち勝った勇者がいたんだ。その勇者は何度夢を食われても、何度でもまた夢を見た。大丈夫。またみんなが夢を見られる時代がやってくるさ」

「でも、村の大人たちは夢を見てはいけないというよ」

「それは子ども達を守るためさ。それもまた、願いという名の夢なんだよ」

「でもじゃあどうして魔王は夢を食うんだっ。どうして、どうしてリリーなんだ・・・リリーは、リリーは…うっひっく、僕たちはずっと夢を見れないんだっ…」


イオはこらえていた大粒の涙をぽろぽろと流した。

老婆はイオをぎゅっと抱きしめる。


「魔王は気が付いていないんだよ。」


老婆は思い出す。魔王と戦った勇者の背中を。


『アストラエア、僕にできると思うかい?』

『なにいってるの、アタナシア。あなたよりも強大な夢の力を持つ人は見たことないわ』


そして、腕の中で泣きじゃくる少年にその面影を重ね、優しく微笑んだ。




二人で暖炉の前で布団に横になる。


「ひさしぶりだねぇこうして二人で眠るのは」

「そうだね、ばあちゃん。でもどうして急に一緒に眠ろうなんて」

「お前に話さないといけないことがある」

「・・・なに?嫌な予感しかないよ」

「いいから聞きなさい」


老婆はそういうと目を閉じて語り始めた。


自分はかつて、勇者とともに戦った、勇者の友人だということ。

友人たちとの旅の事。

魔王と戦った日のこと。

そして、虹色の花のこと。


「それって、いつもばあちゃんが話してくれていたお話に出てくる花の事?」

「そうだよ」

「・・・そうなんだね」


イオは密かに胸を躍らせた。小さなことからその花を見るのが夢だった。本当に存在するのだと知って嬉しかった。

夢を見ることを良しとされない世界でも、イオは胸の中にいつもその虹色の花があり、想像するだけで胸が高鳴る、そんな大事な夢だった。


「そして、もう一つ、これが一番大事なんだ、イオ」

「なに?」

「イオ、わたしはもうお前とは一緒に居られない。でもね、イオ、お前はいつでも自由に夢を見なさい。夢を追いかけなさい。わかったね。イオの夢の力が、お前の魔法を強くする。お前の魔法は、みんなのために、使いなさい」

「どういうこと?」

「お前はもう、一人でも大丈夫ということさ」

「わからないよ、ばあちゃん、どういう意味だよ」


老婆はそれ以上、何も言わなかった。





小さな小屋の中、暖炉で燃え切った薪が炭となっている。

外はしんしんと雪が降る。ひどく静かだ。


少年は一人で小屋を出る。


小さな墓の前に立ち、老婆との日々を思い出す。祖母の好きだった花をイメージする。

手元が淡い緑色に光る。


現れた花束をそっと墓の前に置いた。


「行ってくるね、ばあちゃん」


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