走るな探偵、止まって考えろ

与野高校文芸部

走るな探偵、止まって考えろ

 オカルトとは、魔術、心霊現象、妖怪、都市伝説、地球外生命体などの総称であり、一般には存在しないと思われている存在を指す言葉だ。


 存在が不確かで認められていない『それ』


 だが、『それ』が実在していることを僕は知っている。

 『それ』は人間社会の闇に這い寄り、哀れな犠牲者を量産していることを僕は知っている。


 『それ』を見たと言っても、誰も信じてくれないかもしれない。『それ』に殺されても、ただの怪死と判断されるかもしれない。


 ──人間はオカルトに未知し過ぎる。


 それ故、僕は先輩と一緒にオカルト探偵事務所を立ち上げたのだが……


「むにゃ、クリームパン……」


 先輩は可愛らしい寝言を立てながら、机に突っ伏していた。


「はぁ……」


 どうして先輩はいつもこうなんだとため息を溢す。今は始業前とは言え、職場で寝られるのは余りよろしくない。


「先輩、もう少しで始業時間ですよ。早く起きてください」

「ふぁ……後十分だけ駄目?」

「駄目ですよ、依頼人にこんな姿を見られたら、事務所の品位が下がるので」


 先輩は顔を上げ上目遣いでこちらを覗いてくるが、僕には通じない。


「えーん、酷い」


 先輩は机についた涎を拭き取り、ぐーんと背伸びをする。

 先輩はこの探偵事務所の社長にして僕の高校時代からの“先輩“でもある。

 欠点は普段はだらしないところ。良くない点は猪突猛進なところだ。

「おはよう、後輩君。今日も張り切っていこう!」


 そして、良い点を無理矢理見出すのなら、


「おはようございます先輩。今日は依頼人、来ると良いですね」


 脳天気なほどに前向きなところだろう。


「さ、流石に来るはずだよ! 三度目の正直だとか、犬も歩けば棒に当たるとか言うじゃん。今日という今日は絶対に来るはず!」


 彼女はそう言うと、椅子から勢い良く立ち上がり、腕を天に掲げる。本当にその前向きさだけは見習いたいものだ。


「本来なら、“オカルト“関係の被害が少ないのは良いことですが、探偵業をしている以上、そうとは言えません。一件一件が大口の依頼だから何とかなっていますが、こんな詐欺臭い名前の探偵事務所になんか来る人なんかほとんどいませんよ。先月の依頼人は0名でしたし」

「い、いくら詐欺臭い名前の探偵事務所だって、依頼人は必ず来るはずだよ。ほ、ほら、噂をすればってやつだね!」


 彼女の言葉に呼応するかのように、来客を告げるチャイムが狭い室内に鳴り響く。

 こんな詐欺臭い名前の探偵事務所に誰が来たのだろうかと、疑問に思いながらも僕は扉を開き、依頼人を出迎える。


……そこにいたのは、2mはありそうな大男だった。漆黒のスーツで身を包み、顔に大きな切り傷がある、まさにヤクザ然とした男性である。


「あ、ヤクザさんじゃん。元気なさそうだけど大丈夫?」


 見る人が見ればすぐさま発狂しそうなほどの、強面の大男相手に先輩はいつもの調子を崩さない。先輩が底無しの脳天気であるのも理由の一つだが、ヤクザさんはこの探偵事務所の常連さんなのも大きいだろう。

 ちなみに、ヤクザさんはマジモンのヤクザである。……ヤクザが常連の探偵事務所ってなんだ?


「なんども、言うが俺の名前はヤクザさんじゃ……別にいいか」


 彼は何とも言えない表情をしているが、実際問題ヤクザなので否定はできない。

 ちなみに、先輩は通り名みたいで格好いいと思っているらしい。


「とりあえず、中に入ってください。依頼はそこで聞きます」

「ああ、そうしよう」


 急いで来たからか彼の額には汗が浮かんでおり、言葉の節々からも焦りを感じる。そんな状態の彼を立ったままにするのは良心が痛むので、ソファーに座らせる。


「で、ヤクザさん。今回の依頼はなんですか?」

「ああ、今回はとある人物を捜索してもらいたい、前払いとして250万、報酬は350万でどうだろうか?」

「それって、絶対にヤバい依頼ですよね、ヤクザの抗争になんて首突っ込みたくないですよね、僕達」


 通常の人捜しの相場は10万円から150万円。最高の150万円の4倍の値段の依頼だなんて、厄ネタの気配しかしない。


「……お前らになら、見せても問題ないだろう」


 僕の否定的な物言いに危機感を感じたのか、彼はそう言うと懐から一枚の写真を取り出す。そこには一人の少女が映っており、対象の年齢は15歳ほどに見えた。


「彼女が人捜しの対象ですか?」

「ああ、そうだ。彼女の名前は白染雪。組長の娘だ。」

「へぇーあの人に娘さんなんていたんだ」


 空気も読まずに先輩が口を挟む。先輩はこういうのは苦手なんだから、静かにしていてほしい。


「……組長は雪ちゃんが行方不明になった日から覇気をなくしてしまった。雪ちゃんと一緒に俺達の組長までも、何処かに行ってしまったんだ。この依頼が危険なのはお前達も理解しているだろう。──だが、無理を承知で頼む。どうか組長の娘さんを見つけ出してくれ!」


 彼はそう言うと、見事なジャンピング土下座を披露する。


「ヤクザさん……」

 ヤクザさんからの依頼はこの探偵事務所の大きな収入源であり、武器の供給もしてもらってはいるため、断りたくはない。

 だが、今回の依頼はヤクザの抗争に首を突っ込むことになるかもしれない依頼だ。

 いくら報酬が高くても、このような依頼は……


「うん、受けるよ」

「「は?」」






「ゴメンね、後輩君。報酬が多くて、思わず承諾しちゃった!」


 先輩に無理矢理依頼を承諾され、ヤクザさんがルンルンで暴力団事務所へ帰った後、僕は先輩に睨みを効かせていた。


「……えっと、もしかして怒ってる?」

「先輩、生命保険に入ってましたっけ?」

「私殺されちゃうの!?」


 ヤメローシニタクナーイと喚く先輩。

 先輩の喚く姿で、とりあえず溜飲を下げることにしよう。


「はぁ……別にそれほど怒ってはないですよ。もう過ぎた話ですし」

「え、本当に?」

「冗談です。責任取って下さい」

「ヌワーン! モウダメダ、オシマイダ!」


 溜飲が下がるわけがない。ますます睨みを強める僕を見て、先輩は下手くそな嘘泣きまで披露し出す。


「でも、先輩のおかげで決心が付いたのは確かです。ジュース奢ってくれたら許してあげますよ」

「それはホント?」

「はい本当です」


 実際、先輩が無理矢理依頼を承諾しなければ、僕は危険性が高いと言うだけで、ヤクザさんの依頼を断っていただろう。そのような行為はオカルト探偵事務所の理念に反する。


「それじゃ、早く調査を始めようか。ちんたらしてると、組長さん達にボコボコにされちゃうかもだからね」

「それ、本気で言ってます?」

「あはは……冗談だよ、冗談」





 数日間の聞き込み調査や張り込み調査から何故雪さんが行方不明になったのか、その理由が見えてきた。結論から言うと雪さんは何者かに誘拐・監禁されている可能性が高い。


「それで、雪ちゃんはこの家にいるかもしれない……ってこと?」

「確証はないですけど……そうなりますね」


今、僕達の目の前にある一軒家が数日間の調査における最終結果の一つだ。何処にでもあるような一軒家が監禁場所或いは犯人の潜伏場所とは少し意外だと思うかもしれないが、こんな場所にこそ人の悪意や“オカルト“が潜んでいるものだ。


「少女連続誘拐事件と関係、あるのかな?」


ぼそりと呟くような声で先輩は言う。少女連続誘拐事件とは、傍にいたはずの少女達が神隠しにあったかのように一瞬の内に消えてしまったという事件であり、その被害者は二桁を超えている。全国的な騒ぎになった連続少女誘拐事件と今回の誘拐は関連性を感じさせるモノがあり、模倣犯や犯人がこの誘拐の裏にいるのかもしれない。......最悪、オカルトが一枚噛んでいると思った方がいいだろう。


「……そうなってくると、ヤクザさん達には荷が重いですね」


身代金目的の誘拐ならば報告程度で済ませようと思っていたのだが、『オカルト』が関わってくると話は変わってくる。一見すると無害な昆虫が人々を死に至らしめるように、裏社会の人間達といえど未知な『オカルト』相手では容易に壊滅させられるだろう。外観を確認した程度なので『オカルト』であるという確証はないが、不安の種はそのままにしたくはない。


「家の中も確認したいので“鍵開け“を頼めますか、先輩」

「ええ!? またするの!? ここ住宅街だし、大丈夫かな……」

「大丈夫ですよ、目視できる限りには誰もいないので」


普通の一軒家なので戸締りはしっかりしている。そのため、先輩の特技の出番という訳なのだが些か反応が悪い。住民の気配はないから大丈夫だと思うし、もしいたとしても気絶させれば良いだけの話である。


「もしバレちゃったら、責任取ってよね! とりゃあ!」

 

彼女が掛け声を上げて扉を蹴ると、面白いほどに扉が吹っ飛んでいった。あの一撃を喰らったら大抵の人間は名状し難きミンチ肉になるだろう。探偵らしさを感じない。出来れば静かな方法で開けたかったのだが、ピッキング能力は習得してないので仕方がないと割り切る。


「開いたよ後輩君! このまま全部壊しちゃう?」

「もう十分です、先輩。まずは一階から探索しましょう」


クシャクシャになった扉を尻目に探索を開始しようとした所に、


「随分と派手な客人だな、最近の若者はドアを蹴破るのが礼儀なのかな?」


 ふと、背後から男性の声が聞こえてくる。


「ほら、やっぱりバレちゃったじゃん! もう口封じするしかないよね!?」

「先輩、今は真面目な場面なので喚かないでください」


 不法侵入には多少の抵抗はあっても、殺人には一切抵抗がない先輩の倫理感はどうなっているのだろうかと心配になってくる。一般人相手に口封じはやりすぎだと思うが、犯罪者相手にはその限りではない。


「っていうか、私でも気配を一切感じなかったよ! これって絶対『オカルト』関係だよね」


 先輩の言葉を無言で首肯しながら懐に手を入れ、いつでも武器を取り出せる状態にしておく。


「そうか、君達は『それ』を知っている側か、ただ警察に突き出して終わりというわけにはいかないね」


 誘拐犯と思わしき人物はラフな格好をした初老のサラリーマン風男だった。


「それはありがたいね。それで、どうして雪ちゃんを誘拐したの?」


 だが、ただの男だと侮るのは愚行だ。『オカルト』は未知が多く、それ故に危険性が高い。先輩も戦闘態勢に入り、いつでも踏み出せるようにする。


「雪? あの少女のことか。彼女はまだ生きているが、何日か後にはこの世から消えることになる。それよりも、君達の処遇について考えた方が良いんじゃないか?」


 誘拐犯は無表情でそう言い放ち、一拍おいてから、指を鳴らす。


 ──虚空から現れたのは、人型の“何か“だった。それは数多の人間達を組み合わせた形容し難い姿をしており、狂気的な複数の眼光で僕達を覗いている。白く光沢のある肌はゆめりとした粘液を吐き出し続け、這いずり回るような冒涜的な足音でこちらへ向かってくる。黒幕の近衛騎士、実験体No.8が現れ──バン、と無慈悲な銃声が室内に響き渡り、脳天をブチ抜かれた怪物が倒れ伏す。


「──は?」


 誘拐犯の腑抜け悲鳴が無慈悲にもそれが現実であることを強調する。 先輩はまだ行動していなく、僕の手元にあるのは銃口から硝煙を昇らせるデザートイーグルのみ。つまり、そこから導き出される答えは......


「あ、ごめんなさい。生理的に無理過ぎて射ちました」


 僕が考えるよりも先に銃を撃っていたことだ。


「ば、馬鹿な! あの実験体No.8は私の最高傑作なんだぞ! そんなことがあって──ヒデブッ!」


 先輩が苛立ちのあまり隙だらけになっている誘拐犯相手に蹴りをぶち込み、誘拐犯は慣性を殺しきれずにそのまま壁に激突する。


「な、何故だ。私がこんな人間相手に......そもそも何故銃なんか持っているんだ!デザートイーグルなんて反則だろ!」

「ヤクザさんからのおさがりですよ。先輩の蹴りを喰らったのにこんな元気があるなんて、運が良い人ですね」


『オカルト』関係で体を強化していようが、そんなものは先輩の蹴りの前では気休めにすらならない。誘拐犯は足の骨が折れたのか、這ってでも逃げようとするが、そうは問屋が卸さない。僕達を殺そうとした責任はしっかりと取ってもらわねば。


「ねぇ、後輩くん。ゲームしない? 互いに誘拐犯を攻撃して一番大きな悲鳴を上げさせた方が勝ちってやつ」

「良いですね、先輩。僕も同じことを考えていました」

「やめろ! 私を誰だと思って──グハァッ!!」



「後輩君、約束の品だよ」

「ありがとうございます、先輩」


 誘拐犯を現代風の愉快なオブジェにしてしばらく経った後。僕達は自販機の横で先輩に奢ってもらったジュースを飲んでいた。やはり一仕事した後のジュースは格別である。


「そういえば、雪ちゃんは大丈夫かな? 一生あのままだったりしないかな?」

「流石に数ヶ月後には治っているはずですよ。きっと」



 ちなみに、雪さんはクローゼットの中で縛られていた。暴行を受けた形跡はなかったのだが、何かに酷く怯えていた。何かあったのか聞いて見ると彼女は、


「ひ……人の悲鳴が聞こえて……そ、そのあとに何が潰れる音が、な……何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も」


と嗚咽を交えながら、僕達に伝えてきた。

 なんのことを言っているのだろうか? 全く分からない。動悸も酷く、瞳孔も開いておりとても正気とも思えなかったが、とりあえずヤクザさんに引き渡した。報酬も口座に振り込まれたので大丈夫だろう、きっと。


「それにしても、後輩君はエイム良いよね、FPSとかしてたの?」

「FPSはしてませんが、暗殺組織には所属していましたね。今は退職してますけど」

「へぇーそうなんだ……マジ?」


 先輩と出会ってからは、暗殺ではなく正面戦闘になりましたけどね、と付け加える。


「なんか......ごめん」

「気にしてなんかないですよ、自分で選んだことですし。それで、今回の依頼はどうでしたか?」


 僕がそう尋ねると先輩は神妙な顔付きになって先輩には似合わない思いを吐き出した。


「今回もなんやかんや依頼達成できたけどさ、今のままだといつか『オカルト』に抗えなくなるんじゃないか......って不安になる時があるの」

「......」

「でも後輩君と一緒にいると、猪突猛進のままでも良いんじゃないかって思っちゃうんだよね」


先輩はそういうといつもの先輩に、笑顔が似合う先輩に戻った。

先輩の言う通り、僕達はブレーキがない猪突猛進の探偵コンビ。

僕も少しは止まって考えた方が良いのではと思うことはあるが……


「僕も同じですよ、先輩」


 もう少しの間はこのままで良いと思った。

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