令嬢、手に取る
お茶会が始まると、焼き菓子やサンドイッチが並べる。
でもメインディッシュはそっちではない。
ここで楽しむべきものは、華やかに交わされる談笑。
話題は流行のドレスや噂の貴族の婚約事情など。
昔の私はぜったい食いつくような話の波だ。
だが、今は正直言って興味のないものが大半。
狙ってる話題が出るまで、のんびりと囃子に合わせて待っていた。
「ところでクローナさん。都会の芸術品や工芸品、興味はおあり?」
そして――狙い通り、シルヴィアがが話題を振ってきた。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
「ええ、実は……。骨董品に少し趣味が。」
「まぁ。私たちのパーティーでも、いろんな品物のお話は時々耳にしますわよ」
「そうなんですか? でしたらぜひご教授いただきたいんですわね」
ここで、突く。
「実は、王都へ来てから内心期待していた噂があるんですわ。“とある秘密の売買”があるって」
わざと曖昧な言い方をする。
シルヴィアは微妙に目を細めて、ほかの同席者と視線を交わした。
「まぁ、都会の噂をもうお聞きになって? お父様が熱心なのかしら?」
「私の家、そこまで大きくはないんですけど、お金だけは潤沢にありますの」
お金を強調するのがポイント。
貴族にとって「金になる人間」は悪い印象を与えない。
この辺りで、トドメをさす。
「そういえば、父は“オークション”にぜひ参加したいとおっしゃっていました。それがなにかは、分かりませんが」
「まあ……よくご存じで?」
シルヴィアが唇に微笑みを浮かべながら、カップを傾ける。
「ちなみに、何をお探しなんです?」
「古い紋章入りのアクセサリーとか、海外の調度品とか。詳しいことは実際に見てみないと……」
別テーブルから注がれた紅茶を飲みつつ、私はシルヴィアに探るような笑顔を返す。
シルヴィアは少し笑みを深め、完全に値踏みする目になった。
彼女の視線が、一瞬私のドレスに留まった。
合格でしょう?これ、いいものでしょう?信用しているよ、ヴァイオレット!
「よろしければ、わたしがそのルートをお取り次ぎいたしましょうか」
合格宣言!
ヴァイオレットに頼ってだいせいかいだった!
「まあ、そんな……まだお会いしたばかりなのに。ありがたいお話ですね」
「ただ、あそこは本当に限られた方しか入れませんのよ。紹介制ですし、身元も……」
「ええ、それは承知しております。もし、紹介してくださる方がいらっしゃるなら……報酬は、それなりにご用意できますわ」
「あら、丁寧な方ですね」
あなた、丁寧の意味ちゃんと知っているの?
「知り合いの伯爵家に、多少の融通が利く方がおります。よろしければ、ご紹介できますけど?」
「お願いできますか?」
「ええ。ただ――」
そう言いながら、彼女は周囲のほかの令嬢たちをちらりと見る。
この場にいるのはシルヴィアの仲のいい友人たち。
気心が知れている相手なのだろう。
でも、このような話は誰にも聞かれたくないらしい。
私達は皆から少し離れた場所へ移動した。
サロンの奥には簡易的な仕切りがあった。
そこは個人同士で静かに会話できる小部屋になっている。
「それで、いかがなさいます? クローナさん」
「ぜひ。実はもう今週中にも、と考えてるんです」
「ふふ、案外お急ぎなのですね。でしたら……」
そこへ突然、見知らぬ従者がこちらへ近づいてきた。
おそらく何とか伯爵家の下僕か何かだろう。
こういう社交の場で、用件だけ先に伝えに来ることは珍しくない。
「シルヴィア様、失礼いたします。先ほど仰っていた件で、連絡を取らせていただきましたところ――」
渡された書簡を、シルヴィアが受け取って目を通す。
密かにドキドキが止まらない。
「わかりました。では早速、彼女にお渡ししておきますわ」
そう言って彼女はわたしを振り返った。
「今夜の分は、もう招待状の発行が終わっていますの」
え、手遅れってこと!?
「でも、仮の紹介状ならお渡しできますわ。今晩までにこちらをご持参ください。当日、入口で名前を告げれば通してくれるはず」
怖がらせないでよ!
表情には出さず、内心で叫んだ。
「ありがとうございます。お礼はきちんとさせていただきますわ」
「ふふ、楽しみにしています」
そこから先は、もうほとんど流れるまま。
伯爵家の従者とも形だけの挨拶を交わし、最終的に“仮招待状”らしき紙を手に入れた。
仮とはいえ、これがあれば夜のオークション会場へ堂々と入場できるはず。
と、気を抜いた瞬間、思わぬアクシデントが起こりかけた。
ブローチの効果時間がじわじわ切れてきたのか、ふとシルヴィアの目が鋭くなった。
「……あれ? どこかで見たことが――いえ、気のせいかしらね」
シルヴィアは私の顔を怪訝そうに見つめた。
時間が長引いたせいで、ミスディレクションのぼやけが弱くなり始めた。
「そ、そうでしょうか? もし気になるなら、今度またお茶でも……」
軽く話を逸らして、そこはやり過ごす。
すぐそばにいた伯爵家の従者が
「では後日あらためて」
と切り上げてくれたのが幸いだった。
危ない危ない……
変に勘付かれて、わたしがラッフルズ家のアンナだってバレたら最悪だ。
しかしまあ、どうにかすべて予定通り。
夜のオークションへ潜り込む切符を手に入れた。
屋敷へ戻ると、クラリスとニナが出迎えてくれた。
「どうでした?」
「バッチリ。これが“仮の招待状”よ」
戦利品を掲げるように見せた。
「これを持ってけば、わたしたちも“正規の客”としてあのオークションに入れるって」
私が笑うと、ニナがわーいと喜んでくれた。
「やったね! じゃあ、夜のすごい場所に行くんだね! なんだかワクワクする!」
「ニナはどうする? 連れてくのもありだけど、会場では人が多いから危ないかも」
彼女の鍵開けスキルは頼もしいけど、それを軽々しく使わせるのはリスクも大きい。
そもそも子供がいたら目立つし。
「うーん、あたしも行きたいけど……クラリスさんが止めるなら家で待ってる」
「本当は心配ですけど、一人にするよりは連れて行くのも選択肢かと……。ただ、場の雰囲気によって隠しておく必要がありますね」
「とりあえず、当日はクラリスをメイド役として連れていくわ。『地方伯爵家の侍女』って体で。ニナは裏で待機しててもらって、もし何か起きたら合流……でどう?」
「それが妥当かもしれませんね。万が一トラブルが起きたら、アン・ロックは必要ですし」
話がまとまって、ブローチを外し、ほっと息をつきた。
仮の名を使い、偽りの顔で舞踏会のようなオークションへ乗り込む。
本当に欲しいもの――金、品物、そして“選択肢”を手に入れるために。
でも、同時に感じている。
(また、嘘を重ねてしまった)
誰にも縛られずに生きるはずが、嘘でしか自分を守れないなんて。
けれど、いまさら戻るつもりなんて、微塵もなかった。
――次は、オークション本番。舞台の幕は、もうすぐ上がる。
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