没落令嬢は派手に表す

令嬢、大舞台を狙う

「ふふーん、回収完了っと」


ここ数日、あちこちを奔走した末に、

使用人たちが持ち出していた品々を、見事にかき集めた。


ニナの解錠アン・ロック

そして、ミスディレクション・ブローチの効果もあって、

――この間、一度の失敗もなし。


最初は不安だったけど、案外なんとかなるのかもしれない。


「ニナ、そっちの紙袋の中、何か入ってた?」


「うーん、古いカフスボタン? あと、キラキラの糸? クラリスの引き出しにあったやつ!」


「勝手に漁らないでください……とまでは言いませんけど、片づけはお願いしますね」


ため息交じりに言いながらも、

クラリスはニナが手にした飾り糸をそっと受け取った。


そのやり取りを眺めつつ、私はふと思いついて口を開いた。


「ねえ、私たちってさ――最強じゃない?」


「その最強発言、今日何度目ですか」


「でも事実でしょ? これだけ結果出してるんだし」


テーブルには、回収した小物たちがずらりと並んでいる。

ブローチ、指輪、懐中時計、銀の櫛。

かつての豪奢な日々では目にも留めなかったような品々。


だけど、今の私には全部、宝物みたいに見える。


「はいはい、おっしゃる通りです。それで、お嬢様」


クラリスは椅子に腰を下ろし、少し真剣な表情で続けた。


「こうして物を取り戻すのも意味はありますが、最終的に、どこを目指しているんですか?」


「えっ……?」


「このの先に、何があるつもりです?」


言葉に詰まる。


……正直、考えてなかった。

彼女の言うことはもっともだ。


使用人が持ち出した端切れのような物を回収したところで、

屋敷が元通りになるはずもない。

むしろ、今や次に売る物すら残っていないのが現実。


「そ、そりゃまあ……元の生活を……取り戻す……とか……?」


「とかってなんですか、とかって」


ごまかすように紅茶を一口。


「いや、でもね? これからはちゃんと考えてるのよ」


そう言って、私は机の端に積んでいたメモ用紙を指先で弾いた。


「次は、稼ぐ段階に入るの。効率よく、大きく、短期間で」


「それで、また何か企んでいらっしゃるんですね」


「ま、ちょっとだけね」


満面の笑みでウインクしてみせると、クラリスは容赦なく眉をひそめた。


「差し支えなければ、詳細をお聞かせ願えますか?」


「聞いたら止めに入るでしょ? だからまだ内緒」


「……お嬢様」


「でも、ざっくりした方針だけは教えてあげるわ」


私はすっと立ち上がり、部屋の隅に立てかけてあった地図を広げた。


「《夜のオークション》に潜り込むつもりなの」


「それは、なんです?」


「秘密裏に行われてる非公式の競売会。貴族も関わってるらしくて、普通の市場には出ない品が揃ってるらしいの」


「噂レベルにしか聞きませんが……」


「信じて。今回は確かな情報なの」


「それはそれで問題です。とても、とても、危険そうです。 そもそも、お金のないお嬢様がそんな場所で何を?」


「ちょっと、メイドがそれ言う?」


クラリスって、元々そういう性格だったっけ……?

いまだに慣れない。


「盗みに行く気ですよね。しかも派手に」


「違うわよ。誤解しないで」

――と、否定しつつも、そう思われても仕方ないとは思う。


「価値のある物が集まるから、もしかしたら、ラッフルズ家の物が出回ってる可能性だってあるわ」


「つまり、狙うのはなんですね?」


「そうそう。盗むんじゃない。回収よ。頭を使って、上手くね」


「稼ぐ、とおっしゃったのでは?」


「それをもどしてから、それから!」


今日はきついな。

まあ、疑うのが正しい姿勢なのは確かだけど。


私が欲しいのは、名誉でも誇りでもない。

価値ある物、珍しい物、そして高く売れる物。

お金と豊かな生活。それだけ。


でも、この中で家の物が手に入ればいいとも思ったから?

全く嘘ばっかっていうもないから?


「……それで、その夜のオークションに潜り込む方法は?」


クラリスの顔はまだ半信半疑だったが、とりあえず反対ではないらしい。


「本当なら招待状が必要だけど、その辺は私がどうにかするわ。それより問題は――衣装ね」


ミスディレクション・ブローチを有効活用するには、外見も整える必要がある。


「今ある服は管理が行き届いてないから、それっぽく見えないし」


「それ、言い換えると「今のお嬢様は貧相」という自己評価でよろしいですか?」


「だからメイドがそれ言う!? いや、否定はしないけど!」


「潔いですね」


クラリスは茶をひとくち飲むと、再び真面目な顔つきに戻った。


「で、衣装はどうするおつもりで? 手持ちも予算もゼロに近い現状で?」


「うっ……そこが一番の問題よねぇ……」


額に手を当てて悩み込む。


仕立て屋は論外。借り物はバレる。じゃあどうする――?


(……バイオレットに頼めば、なんとかなるかも)


ルートもセンスもありそうだし、何より、私の頼みを断る可能性が低い。


でも。


(彼女を巻き込むのは、本意じゃない)


できることなら、彼女には静かに過ごしていてほしい。

探偵なんて、なってほしくない。


それなのに――私の方から接触を求めようとしている。

矛盾していると分かってはいるけれど。


他に手がないのも、また事実だった。


「……バイオレットに頼んでみようかしら」


「ああ、なるほど」


「いいと思うでしょう?彼女ならきっと詳しいし」


「……いえ、そういう意味ではなかったのですが」


「ん?」


「なんでもありません」


なに?


「お願いするときは慎重に。誤解を招くような言い方は避けてくださいね」


「大丈夫。使い道はちゃんとごまかすわ」


私がなんか企んでると築くと困るから。


「……それもそうなんですが」


「ん?」


「なんでもありません」


ほんとに、なに?

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