令嬢、見つける

「……雰囲気は十分整いましたよね?では、そろそろ詳しい説明をお願いできますか」


「私への敬意、急落してない?」


「どちらかといえば、少し上がっています」


「なにそれ」


言ってることと態度が全然合ってない。


「これまでは、お嬢様の我儘を受け入れすぎていたのではないかと、少し悩んでおりました」


「そんなこと考えてたの?」


「はい。私のせいでお嬢様が何もできない人間になってしまったらどうしようと、夜も眠れないほどに」


「言いたい放題ね……」


「そうおっしゃりながら、怒っていらっしゃらないところを見ると」


それは、間違っていないから。

『伯爵令嬢だから』という言い訳でも足りないくらい、私は何も考えずに生きてきたのだ。


「自分に足りないところがあると認め、それを変えるために行動しようとしている。それだけで素晴らしいことです」


「クラリス……」


「その手段として、盗みのようなことを選ばれるのはやはり賛同しかねますが」


そこは流石に譲れないのね。


「わかってるでしょ?盗みじゃない。私の物を取り返すだけ」


「ですが、正当な手段を用いるおつもりはないのですよね?小さな悪事が、大きな過ちを招くのです」


「子供を叱るみたいに言わないで」


「恐れながら、お嬢様が少しご立派になられたとしても、まだお子様には違いありません」


クラリスは指を一本立てて、私の目の前に突き出した。


「今は見守りますが、道を踏み外されるようなら、必ず私が止めますからね」


それが頼もしいのか、邪魔なのか。


もちろん、越えてはいけない線を越えるつもりはない。

でも、物事が思い通りに進まないこともある。


いざという時には、クラリスが反対するようなことも、私はやらなければならないだろう。

そのとき、彼女をどう納得させればいいのか。


バイオレットに続いて、クラリスまで。

考えるべきことは増えるばかりだ。


「わかったわ。ちゃんと気をつける」


「それなら結構です」


クラリスは小さく頷いて、すぐにいつもの落ち着いた態度に戻った。

切り替えの早いメイドである。


「では、本日のご用件は?誰かを探すとおっしゃっていましたが」


「スリの子を探すの」


その言葉にクラリスがピクリと反応した。

けれど、会話の流れを断ち切るのは避けたのか、何も言わずにじっと耳を傾けてくれた。

真面目に聞いてくれるなら、こちらも少しは話す気になる。


「クラリス。実際に入ってみて、この辺りはどう感じた?」


「感想、ですか。汚くて臭いところだとは思いましたが、予想よりはずっと普通でした」


「でしょ?ここは霧溜まりの中でも外れの区域なの」


霧溜まりといっても、住人の生活レベルはさまざまだ。


特に、旧市街で働きつつこの辺りに暮らしている人々。

彼らは少なからず安定した収入を持ち、生活は一般の庶民と大差ない。

よく想像されるような、みすぼらしい貧民とは明確に違う。


「そして、霧溜まりの住民が窃盗で捕まったと聞けば、だいたいその辺の層の人たちなのよ」


「確かに。そうでなければ、そもそも実行に移すことすら難しいですね」


その通り。

誰が見ても“部外者”にしか見えないような格好の貧民がうろつけば、すぐに警戒される。

普通に歩いているだけでも職務質問を受けるだろう。


当然、目立たないことが第一ののスリなど、できるわけがない。


「でも、お嬢様。よくわかりません」


「何が?」


「リスクと利益の釣り合いが、です」


さすがクラリス。視点が鋭い。


「この程度の暮らしを維持できているなら、定期的な仕事があるはずです。そして、こう言ってはなんですが、スリで得られるものなんてたかが知れてます。生活手段を失うリスクを冒すほどの価値は、どう考えてもなさそうです」


「その通りよ。合理的な判断をするなら、問題を起こすべきではないわ」


「では、衝動的な行動だということでしょうか」


「そういうケースもあるけど」


私も昔は、そこまでしか考えなかった。

貧民とは理性のない存在だと、嘲笑して終わっていただろう。


でも、そうじゃない。


彼らも貴族と同じように、合理的な判断ができる。

善悪の話ではない。

自分にとって得か損か、判断できるということだ。


「自分にリスクがあるなら、リスクのない者を使えばいい」


それは、今から私がやろうとしていることそのものだった。


「人を雇うということですか?」


「近いけど、報酬は払わないわ。子供を使うの」


ここでは、子供は冷酷に言えば“荷物”だ。


自分の店を持つ中流層や、農村部の貧困家庭の子供とは違う。

あちらは大なり小なり労働力になる。


でも、ここでは違う。 子供にできることなんて限られている。

単純作業ならできなくはないが、それでも稼げる金はごくわずか。

一週間働いても、パン一つ買えない。


そんな状況では、スリをさせるのはノーリスクな投資だ。


「自分の子を泥棒に育てると? 私には理解しがたいですね」


「理解しなくていいの。自分がその立場にならなきゃ、できるわけないし」


それに、それすらできる子供は限られている。


見るからに貧民然とした子供が旧市街、ましてや新市街をうろつく?

即座に警備兵に捕まるだけだ。


スリの子供――陽の当たる世界の人間から見れば、まさに“人生のどん底”の象徴だろう。


でも、その“どん底”すら、誰かにとっては特権だった。


「じゃあ、その子供の一人を探すと?」


「違うわ。探す子はもう決めてる。あと、まだ泥棒じゃない子よ」


そう言って、私は歩みを止めた。


これ以上先へ進むと、本格的に危険地帯に入る。

子供が遊びに来るような場所はすべて見たから、そろそろ見つかる頃だと思った。


「いた」


十歳か十一歳くらいの小柄な女の子。

地面に落ちていた小石をいじって遊んでいる。

遊んでいるというより、ただ時間を潰しているようにも見える。


確認のため、私はもう少し近づいてみた。

当然、私が知っている顔とは違う。

でも、淡いピンクのボサボサの髪。見間違えるはずがない。


鍵開けマスターキーだ。


「その子が?」


クラリスが小さく囁く。


「ええ。ニナよ」


「ニナ、と言われましても……」


「後で説明するわ」


鍵開けの天才。開けられない扉など存在しない、王都のフクロウ。

彼女を仲間にできれば、計画の半分は成功したようなもの。

逆に言えば、失敗したら最初の一歩からつまずくことになる。


「リンゴ、好きだといいけど」

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