没落令嬢は動き始める
令嬢、動く
クラリスが作成してくれたリストをじっくりと確認した。
まずは現金――確認するまでもない金額だ。これは飛ばして。
宝石類――ない。換金が容易だから当然真っ先に処分されただろう。次。
美術品――価値評価が難しいせいか、いくつか残っている。これは要チェック。
銀食器セット? まさかこんなものまで貴重品リストに載るなんて。
数行確認しただけでもう見るべき項目がなかった。
これではっきりした。
まともな方法でラッフルズ家を立て直すことは不可能だ。
仮にヴァイオレットが言うように、これが全て何かの陰謀だったとしても。
それが明らかになれば名誉は取り戻せるだろう。
信用さえ戻れば、商売だって再興できるかもしれない。
だが、そうやって順調に進んだとしても、元の名門に戻るのは百年後の話だ。
知るもんか。
言い方を変えよう。
私が生きている間に、まともな方法でラッフルズ家を立て直すことは不可能だ。
そして私が死んだ後、家がどうなろうと興味はない。
せっかく与えられた二度目のチャンスだ。
それを家門の借金返済に費やすだって?
一体誰のために?
顔も知らないご先祖様?
彼らが築いてきた歴史と名誉?
それがどれほどの価値かなんて、既に証明済みだ。
たかが10シリングの価値しかない誇りのために、一生を無駄にするなんて馬鹿げている。
私には、もっと価値があるはずだ。
私のやるべきことはもう決まっている。
一つ、金を稼ぐ。
二つ、豊かな生活を送る。
それだけでいい。
以前のような生活に戻るとか、贅沢を言うつもりもない。
ただ、ラッフルズ家が所有していた物のうち、本当にほんのわずか。
私が正当に、自由に使えた、ごく一部だけ取り戻せればいい。
そのためのおおまかな計画は既に頭の中にある。
「クラリス、クラリス!」
貧民街の生活も、こういう時に役立つ。
昔の私なら決して思いつかなかったようなアイディアがどんどん湧いてくる。
ヴァイオレットには悪いけど、正当なやり方は、もう私には関係ない。
貴族の体面なんて、一度どん底に落ちた私にはどうでもいいのだから。
「あの、お嬢様……? ハンドベルをお使いにならず、なぜそんな風にお呼びになるんです?」
少々どん底に落ちすぎたか。
つい礼儀知らずなことをしてしまった。
クラリスがそれ以上追及する前に本題に入った。
「リストを見たんだけど、私個人の所有だった装身具は結構残っていたわね」
「はい。お嬢様が無理に――いえ、失礼いたしました。お考えあってのことでしたので」
「今、わざと皮肉を言ったわね?」
「まさか」
「隠す気もないのね……。あなたが言い間違えるなんて初めて見たわ」
私がじっと見つめると、クラリスは口元を押さえて小さく笑った。
「失礼しました。お嬢様が頼もしくなられた気がして、つい嬉しくなってしまいました」
「それなら素直に褒めなさい」
クラリスがこんな冗談を言う人だったとは知らなかった。
記憶の中ではほとんど表情を見せず、感情を表すことすらなかったのに。
いや、私がクラリス個人に興味を持っていなかっただけか。
無視したり蔑んだりするつもりはなかったが、それ以前の問題で。
彼女はあくまで私の世話をする『メイド』であって、『クラリス』という個人には無関心だったから。
計画がうまく行ったら、少しくらいはクラリスにも優しくしてやろうか。
「話を戻すわ」
「ぜひ」
「私の物を処分してもいいと言った覚えはないのに、かなりの物が無くなっている理由は?」
「あまり使われていなかったものは、旦那様が処分されました。お嬢様は気付かないだろうと……」
自分の借金のために娘の物を売る父親が酷いのか。
この家の窮状に目を瞑り,自分の物を抱え込む私が酷いのか。
……私の家族は総じて酷い。
「そして、一部は……申し上げにくいですが」
「辞めた使用人が持ち出して売ったのね」
「恐らくは。申し訳ありません」
「あなたが気にする必要はないわ」
やっぱりそうだろう。持ち出された物があるのは当然だ。
長年勤めた使用人が一晩で辞めるわけがない。
何ヶ月も給料をもらえずに仕方なく屋敷を去ったはずだ。
去ったところで、彼らには新しい働き口などない。
数十人が同時に職を求めても、簡単に見つかるはずもない。
そんな状況で、わがままなお嬢様が放置していた物を多少持ち出したからといって、責める気はない。
どうせ今から取り戻すのだ。
責めはしないが、残念。
それは私のものよ。
「それで、その辞めた人たちの居場所は分かる?」
「一部なら分かりますが、ほとんどは行方知れずです」
ちょうどいい。夜逃げ同然で消えた者たち――彼らがターゲットだ。
「クラリス、ローブとかある? 顔を隠せるもの」
「ございますが、なぜそんな怪しい格好を……お嬢様、まさか」
クラリスは私の意図に気付いたようだった。
「それは賢明ではありません。元ラッフルズ家の使用人でも、今はそうではありません。穏便に戻るわけがありません。危険です」
「それくらい分かってるわ」
穏便に戻るわけがあっても、そんなやり方はしない。
「誰にも気づかれずに、こっそり取り戻すのよ」
クラリスは眉をひそめた。
「盗むおつもりですか?」
「これは盗みじゃないわ。私の物を取り戻すだけ。盗んだのは彼らの方よ」
「そうですが……お嬢様にそんな技があるとはとても……」
「見てなさい」
今からとても面白いものを見せてあげるから。
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